吉岡実年譜

最終更新日2017年6月30日

吉岡実のスクラップブックとクリアファイルブック(吉岡家蔵)
吉岡実のスクラップブックとクリアファイルブック(吉岡家蔵)


目次

謝辞および凡例(小林一郎)

吉岡実年譜(吉岡陽子 編)

 1919年

 1923年 1926年

 1932年 1934年 1937年 1938年 1939年

 1940年 1941年 1943年 1945年 1946年 1947年 1948年 1949年

 1950年 1951年 1952年 1953年 1954年 1955年 1956年 1957年 1958年 1959年

 1960年 1961年 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年 1967年 1968年 1969年

 1970年 1971年 1972年 1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 

 1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年

 1990年 1991年

吉岡実年譜〔作品篇〕(小林一郎 編)

 凡例

 1940年 1941年 1947年 1948年 1949年

 1955年 1956年 1957年 1958年 1959年

 1960年 1961年 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年 1967年 1968年 1969年

 1970年 1971年 1972年 1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 

 1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年

 1990年 1991年 1993年 1995年 1996年

 2002年 2003年 2006年

 2015年


謝辞および凡例(小林一郎)

吉岡陽子さんのご厚意で、《吉岡実全詩集》(筑摩書房、1996)所収の〈年譜〉を掲載させていただいた。本稿の再録にあたっては、筑摩書房のご了承を得た。編者である吉岡陽子さんと出版者である筑摩書房に深く感謝する。
同年譜(本サイトでは〈吉岡実年譜〉と称する)の「一九四〇年」以降の年号にリンクを設定し、続く〈吉岡実年譜〔作品篇〕〉(小林一郎編)に、吉岡実の詩(短歌・俳句を含む)および散文作品に関する詳細を記載した。


吉岡実年譜(吉岡陽子 編)

最終更新日2002年12月31日

年譜

一九一九年(大正八年)

四月十五日、東京市本所区中ノ郷業平町に生まれる。吉岡紋太郎、いとの三男。父は明徳尋常小学校の小使。姉政子、兄長夫、次兄清(早世)。

一九二三年(大正十二年) 四歳

九月一日、関東大震災に遭遇。兄に背負われ父母と避難する。避難先で肺炎に罹るが九死に一生を得る。震災の記憶は配給された海外救援物資の赤ゲット。

一九二六年(大正十五・昭和元年) 七歳

本所明徳尋常小学校に入学。四年生の時、肋膜炎を病み一学期休学する。正月に少年倶楽部を買って貰うぐらいで家には一冊の本もなく、学校の図書館や友達の家で読書。末子として両親に可愛がられ、浅草の宮戸座やオペラ館などに幼い頃から連れて行かれた。

一九三二年(昭和七年) 十三歳

本所高等小学校に入学。東駒形の二軒長屋から厩橋の四軒長屋へ移る。姉、兄は奉公に出ており階下に親子三人で暮らす。二階に先住の盛岡出身の青年、 佐藤樹光(春陵のち書家・油桃子)の影響で文学に親しむ。樹光は書道を勉強しながら筆耕で生計をたて、ゴーリキーの『どん底』や『母』など、本をよく読ん でくれた。

一九三四年(昭和九年) 十五歳

本所高等小学校を卒業し、本郷の医書出版南山堂に奉公する。藪入りにしか親もとに帰れない小僧生活。夜間、向島商業学校に通わされるが中途退学。北原白秋、石川啄木、佐藤春夫、芥川龍之介、山本有三、志賀直哉らの作品を読む。白秋の『桐の花』を模倣した短歌を作り始める。

一九三七年(昭和十二年) 十八歳

知人斎藤清(版画家)宅で見たピカソの詩(おそらく瀧口修造訳で「みづゑ」に掲載された「詩を書くピカソ」)に啓示を受ける。以後、北園克衛詩集『白のアルバム』や『左川ちか詩集』などを読む。友人たちと俳句を作る。

一九三八年(昭和十三年) 十九歳

八月、南山堂を退社し厩橋の実家に帰る。郵便貯金八〇円と退職手当三〇円貰う。九月、夢香洲書塾(佐藤春陵宅)に身を寄せ書塾を手伝う。男二人の生 活。子供たちに習字を教え、炊事、掃除、買い出しをする。春陵から改造文庫の白秋『花樫』を贈られ以後、五十余年愛蔵。この頃春陵や友人たちと俳句や短歌 を作る。

一九三九年(昭和十四年) 二十歳

近所の写真館で記念写真を撮る。その足で理髪店に寄り坊主頭に。一握りの髪を母に渡す。本所区役所で徴兵検査。第二乙種合格。新ぐろりあ叢書の斎藤史『魚歌』を愛読。大晦日、夢香洲書塾を出て実家へもどる。

一九四〇年(昭和十五年) 二十一歳

二月、西村書店へ入社。木下夕爾詩集『田舎の食卓』を読み、一読者として手紙を出す。それから二年間の文通。詩集『生れた家』を贈られる。初夏、臨 時召集のため目黒大橋の輜重隊に入り、教育を終え一カ月半で召集解除となる。十月、詩歌集『昏睡季節』一〇〇部、草蝉舎より刊行。

一九四一年(昭和十六年) 二十二歳

六月、召集令状を受ける。遺書として詩集『液体』をまとめ兄と友人に託す。麻布三連隊(陸軍歩兵部隊第三連隊)に応召。外地への配属を目前にした面 会日、電車の乗換えで母と逸れた父が悄然と一人で来る。面会時間が終って大分経ってから母が来て衛兵所の側で立ったまま会った。茹卵を二つ衛兵に隠れて慌 しく食べる。数日後、満洲へ出征。岩波文庫の『万葉集』、リルケ『ロダン』、改造文庫の白秋『花樫』、白水社のゲーテ『親和力』を奉公袋に収め携える。新 京付近の警備。十二月八日、太平洋戦争勃発。十二月十日、詩集『液体』一〇〇部、草蝉舎より刊行。酷寒の満洲で一冊の『液体』を受けとる。No.七七。

一九四三年(昭和十八年) 二十四歳

冬、兄からの手紙で両親の死を知らされる。昭和十六年八月十三日母いと死去。翌年一月三日父紋太郎死去――父母の死を信ぜず雪の残りたる高粱畑の落 日を見つ――。軍旗祭で上演したシラノ・ド・ベルジュラックのパロディが、週番士官を茶化したと師団長の怒りを買い七人の役者はばらばらに転属させられ る。出征以来二年有余、辛苦を共にして来た多くの戦友と別れをつげ一人見知らぬ部隊へ転出。以後、満洲の部隊を転々とする。

一九四五年(昭和二十年) 二十六歳

八月十五日、半年前に渡った朝鮮済州島で終戦を迎える(退役時は陸軍伍長)。輜重兵として大半は馬と過し敵と戦うことはなかった。十一月、米軍に軍 装解除されて復員。満洲に残った部隊の多くはソヴィエトの捕虜になったと伝え聞く。母が厄除けにと渡してくれた白南天の一本箸、白秋の『花樫』、軍隊生活 を写した数葉の写真を持ち帰る。空襲で家を失い家族を疎開させた兄と廃墟の東京で暮す。十二月、西村書店の社長が協力者を得て創った香柏書房に入社。

一九四六年(昭和二十一年) 二十七歳

編集の仕事で村岡花子、坪田譲治、恩地孝四郎、中尾彰らに原稿や装丁を依頼。同僚の日高真也に誘われて「新思潮」に入る。南山堂時代の先輩百瀬勝登 と邂逅。八月、香柏書房を退社。十月、先に辞めた日高真也の尽力で東洋堂へ入社。幸田成友のカロン『日本大王国志』、柳田国男『分類農村語彙』の編集を担 当する。『朝の螢』一巻しか知らなかった斎藤茂吉の他の歌集『赤光』『あらたま』、萩原朔太郎の詩集『月に吠える』『青猫』を初めて読む。

一九四七年(昭和二十二年) 二十八歳

二月、本所の中華料理店で明徳尋常小学校のクラス会(このクラス会は晩年まで続けられた)。漫画を頼みに行き谷内六郎と親しくなる。「新思潮」二号に二篇の詩が掲載され、初めての原稿料五〇円を貰う。

一九四八年(昭和二十三年) 二十九歳

『宮澤賢治詩集』を読む。友人と浅草座で全裸に近いメリー松原の踊りを観て驚嘆する。十月、兄の家を出て巣鴨拘置所近くの姉の家へ移る。知人に貰っ た西脇順三郎詩集『あむばるわりあ』『旅人かへらず』を読み、感銘を受ける。『中原中也詩集』を読む。姉に六〇〇円借りて『牧野信一全集』全三巻を買う。 十二月二十二日、零時一分から三五分の間に東條英機ら七戦犯の絞首刑が執行されたと報ぜられる。

一九四九年(昭和二十四年) 三十歳

梅の瑞泉寺へ椿作二郎、田尻春夢、池田行宇らと吟行。四月、勤務先の社長三井八智郎宅に寄寓。銀座松坂屋で梅原龍三郎、安井曾太郎の代表作展を観 る。この頃、親しい俳句仲間と離れこれからは詩を書いて行きたいと決意。八月一日の日記――或る場所にある卵ほど淋しいものはない様な気がする。これから 出来るかぎり〈卵〉を主題にした詩篇を書いてみたいと思う――。

一九五〇年(昭和二十五年) 三十一歳

詩集『羅甸薔薇』で吉田一穂の詩を知り『故園の書』を求める。草野心平の蛙の詩や、金子光晴の詩集『蛾』を読む。

一九五一年(昭和二十六年) 三十二歳

東洋堂を辞め四月、編集部に勤める百瀬勝登の口添えで筑摩書房に入社。社長古田晁、顧問臼井吉見、唐木順三、中村光夫。新企画の『小学生全集』を担 当。傍ら図書目録や『一葉全集』の内容見本を作り装丁、造本まで手がけた縁で和田芳恵と親しくなる。麻布魚籃坂の近くに下宿し二間続きの部屋に画家吉田健 男と住む。九月、田尻春夢、日記句稿類を焼却し亡き妻を追って入水自殺。

一九五二年(昭和二十七年) 三十三歳

絵の依頼で童画家太田大八、十四子夫妻と親しくなり家族同様の付き合い。以後、太田家が独身時代の憩いの場所となる。グレアム・グリーン『不良少年』の訳者丸谷才一、「秩序」同人篠田一士と出会う。九月、田尻春夢句集『走馬燈』(松江川三郎編)が刊行される。

一九五三年(昭和二十八年) 三十四歳

『現代日本文学全集』の刊行始まり新聞広告など宣伝の仕事を多くするようになる。

一九五四年(昭和二十九年) 三十五歳

秋、同居の吉田健男が年上の女性と心中。太田大八、健男の弟と三人で軽井沢の警察へ遺骨を引取りに行く。十二月、筑摩書房本郷から神田小川町へ移転。

一九五五年(昭和三十年) 三十六歳

麻布豊岡町の下宿を出て練馬の太田大八宅に近い江古田に間借。八月、詩集『静物』私家版二〇〇部刊行。会社近くの〈北澤〉で同僚十数人の細やかな出 版記念会。詩集の装丁に因んで床の間に卵一個置かれる。会田綱雄が『静物』の詩を朗読。十月、偶然読んだ永田耕衣句集『吹毛集』一巻で未知のこの俳人に心 惹かれる。

一九五六年(昭和三十一年) 三十七歳

飯島耕一と出会い『静物』を贈る。勧められ〈今日の会〉に入り詩誌「ユリイカ」周辺の詩人、評論家たちを知る。『静物』を最後の詩集にするつもりだったが新しい友を得て、また書き始める。飯島耕一詩集『他人の空』、高柳重信句集『黒彌撤』を購読。

一九五七年(昭和三十二年) 三十八歳

「ユリイカ」四月号に詩「僧侶」を発表。飯島耕一の推輓による。

一九五八年(昭和三十三年) 三十九歳

「ユリイカ」七月号に初めての長篇詩「死児」を発表。八月二十九日、姉米本政子死去。十一月、詩集『僧侶』四〇〇部、書肆ユリイカより刊行。十二月、「今日」第一〇号で終刊。

一九五九年(昭和三十四年) 四十歳

一月、浅草のお好み焼屋染太郎で『僧侶』の出版記念会。安西均、飯島耕一、岩田宏、大岡信、大森忠行、勝本富士雄、岸田衿子、清岡卓行、篠田一士、 伊達得夫、那珂太郎、中島可一郎、広田国臣が集まる。詩集『僧侶』第九回H氏賞受賞。二月、広告部の社員四人で犬吠崎へ和田陽子の送別一泊旅行。四月、神 田小川町の珈琲店デミアンで田村隆一と会う。五月九日、和田陽子と結婚。記念に小歌集『魚藍』私家版限定七〇部刊行。披露宴の出席者に配る。新居は渋谷区 竹下町のアパート。八月、妻が青山外科へ緊急入院し虫垂炎の手術を受ける。飯島耕一、岩田宏、大岡信、清岡卓行と同人詩誌「鰐」を創刊(書肆ユリイカ発 行)。今日の詩人双書の一冊として『吉岡実詩集』を書肆ユリイカより刊行。編集・解説篠田一士。九月、妻と巣鴨の真性寺の父母の墓に参り結婚の報告。「文 学界」十一月号に作品が特集され「裸婦」他詩四篇を発表。篠田一士、高見順のエッセイも副えられる。十一月、北区滝野川の公団アパートに転居。

一九六〇年(昭和三十五年) 四十一歳

三月、向島百花園で宗左近の詩集・評論の出版記念会。四月、高島屋の〈中国名陶百選〉を観る。五月、NHKで放送詩集「波よ永遠に止れ」の本番録音 に立ち会う。演出遠藤利男、声優若山弦蔵。六月、京都へ旅行。見学の許可が下りた桂離宮を観る。永田耕衣句集『與奪鈔』の刊行を知り注文購入し、これを機 に文通始まる。この頃大岡信の紹介で高柳重信と会う。七月、「鰐」同人、平林敏彦、伊達得夫らと画家渡辺藤一の好意により栃木県へ一泊旅行。

一九六一年(昭和三十六年) 四十二歳

新年、大岡信に招かれて妻と初めて三鷹の家を訪ねる。相客は飯島耕一夫妻。一月十六日、書肆ユリイカの伊達得夫急逝。追悼のための遺文集『ユリイカ 抄』の装丁を担当する。詩誌「ユリイカ」終刊。九月、妻と京都へ一泊旅行。伊達得夫に連れて行かれたことのある高瀬川の辺の喫茶店フランソアへ入る。往復 夜汽車の旅。

一九六二年(昭和三十七年) 四十三歳

「俳句」一月号に富澤赤黄男句集『黙示』の書評を書く。三月、富澤赤黄男死去。九月、詩集『紡錘形』四〇〇部、草蝉舍より刊行。「鰐」一〇号で終刊。

一九六三年(昭和三十八年) 四十四歳

『西脇順三郎全詩集』を筑摩書房から刊行した縁で西脇順三郎の知遇を得る。

一九六四年(昭和三十九年) 四十五歳

『草野心平詩全景』が筑摩書房より刊行されることが決まり来社した草野心平と初めて会う。四月、妻と奈良旅行。秋篠寺、法隆寺、浄瑠璃寺などを拝観 し京都の清水房へ泊る。五月、体調を崩していた妻が吐血し滝野川の久保田病院に四週間入院。以後しばらく自宅療養。秋、病後の妻と山中湖へ行く。

一九六五年(昭和四十年) 四十六歳

四月、誕生日に北園克衛詩集『固い卵』を妻から貰う。八月、妻と二泊三日の京都旅行。半年前に申し込み許可が下りた修学院を炎天下で見学する。比叡山、三井寺(園城寺)へ。冬、銀座の珈琲店ブラジルで白石かずこと初めて会い新詩集『今晩は荒模様』を贈られる。

一九六六年(昭和四十一年) 四十七歳

一月、句集『球體感覺』や『えくとぷらすま』などで知った加藤郁乎と出会う。三月、妻と京都旅行。四月、永い間待ち望んでいた三橋敏雄の処女句集 『まぼろしの鱶』が上梓され逸早く購う。入澤康夫詩集『季節についての試論』の出版記念会で詩集『眠りと犯しと落下と』を贈られていた高橋睦郎と会う。七 月、妻と京都旅行。鞍馬、貴船へ。初冬、ある小さな画廊で同席した初対面の高橋新吉に「三田文学」に発表した詩「孤独なオートバイ」を褒められ勇気づけら れる。

一九六七年(昭和四十二年) 四十八歳

二月、加藤郁乎の『形而情学』室生犀星詩人賞受賞を祝う会で飯島耕一から土方巽を紹介される。深夜の新宿ピットインで唐十郎のアングラ芝居〈ジョ ン・シルバー〉を観る。四月、広告電通賞会議で京都へ。須磨の田荷軒を訪ね文通七年、敬愛やまざる人永田耕衣と対面する。個展のための作品の中から〈白桃 図〉を予約する。草月会館で催された土方巽の暗黒舞踏劇〈ゲスラー・テル群論〉を観て衝撃を受け以後、大野一雄、大野慶人、笠井叡、芦川羊子らの舞踏を観 る。また唐十郎の状況劇場の芝居にも熱心に通う。南画廊の〈半島状の!〉展で作者の加納光於と会う。五月、高島屋で〈河井寛次郎遺作展〉を観る。夏、小説 「愛の生活」が太宰治賞候補になり来社した十九歳の金井美恵子と社の応接室で会う。秋、妻と三泊四日の関西旅行。台風シーズンで雨の旅、興福寺の阿修羅像 が印象に残る。北鎌倉の澁澤龍彦の家を訪問。十月、全詩集的な『吉岡実詩集』を思潮社より刊行。「現代詩手帖」十月号で特集・吉岡実の世界。瀧口修造の誕 生日と『詩的実験』の刊行を祝う会の後、西脇順三郎に誘われて飯島耕一、大岡信と西脇家を訪問。十二月、新宿駅ビルのレインボーホールで行われた岡井隆歌 集『眼底紀行』の出版記念会に出席する。

一九六八年(昭和四十三年) 四十九歳

三月、細江英公写真展〈とてつもなく悲劇的な喜劇〉へ行き初対面の細江英公を囲む二次会で種村季弘を紹介される。春、荻窪のシミズ画廊の〈金子光晴 展〉で高橋康也と出会う。六月、阿佐ヶ谷の唐十郎宅を訪問。花園神社の赤テントで状況劇場の〈由井正雪〉を観る。七月、詩集『静かな家』二七〇部、思潮社 より刊行。八月、笠井叡の舞踏〈稚児之草子〉を観る。九月、現代詩文庫の一冊として『吉岡実詩集』を思潮社より刊行。十月、新宿駅構内で妻が後から来た男 に傘の柄で引倒されて右腕に全治六週間の負傷。数日後、日本青年館で〈土方巽と日本人――肉体の叛乱〉を観る。土方夫人、元藤Y子と初めて会う。秋、東京 国立近代美術館で催された〈ヘンリー・ムア展〉へ。十二月、目黒区の松見坂武蔵野マンションに転居。

一九六九年(昭和四十四年) 五十歳

新年、土方巽が笠井叡と初めて来宅。七月、日本橋三越の〈書と絵による永田耕衣展〉で〈白桃女神像〉を予約する。耕衣と北浦和の海上雅臣宅を訪ね白 隠や徳富蘇峰遺愛の黄山谷などを観る。田村隆一編集の季刊詩誌「都市」に依頼されて「コレラ」を書いた後、思うところあり詩を発表することを暫く止める。 十二月、永田耕衣から妻に絵〈鯰佛〉を戴く。

一九七〇年(昭和四十五年) 五十一歳

新年早々、五十肩で九段坂病院へ通う。二月、『吉岡実詩集』(普及版)を思潮社より刊行。雑誌「太陽」で四谷シモンの人形を知る。三月、新詩集『黄 金詩篇』を持参して勤務先を訪れた吉増剛造に『紡錘形』を贈る。〈坂本繁二郎展〉〈富本憲吉展〉を観る。十一月、三島由紀夫の割腹死に衝撃を受ける。

一九七一年(昭和四十六年) 五十二歳

一月、PR誌「ちくま」の編集を創刊(昭和四十四年五月)から担当の土井一正より引継ぐ。『校本宮澤賢治全集』の校訂・編集のため入澤康夫、天澤退 二郎が連日のように来社。小田急美術館で曾我蕭白、長澤蘆雪、伊藤若冲ら異端の画家の絵を観て感動する。九月、〈叢書溶ける魚〉の一冊として詩集『液体』 限定三〇〇部を湯川書房より再刊。

一九七二年(昭和四十七年) 五十三歳

四月、三浦雅士の奨めで「ユリイカ」に一三〇行の連祷詩「葉」を発表。高遠の桜を見に妻と四年ぶりの旅行。六月、「別冊現代詩手帖(特集ルイス・ キャロル)」に詩ルイス・キャロルを探す方法「わがアリスへの接近」「少女伝説」を発表。初めて固有名詞を多く使い引用も試みる。九月、玉野黄市の舞踏 〈長須鯨〉を観る。京都国立博物館で〈平家納経〉全巻を展示、社の用事で京都へ。千載一遇。十月、土方巽の〈四季のための二十七晩〉第二次暗黒舞踏派結束 記念公演がアートシアター新宿文化で始まり大半を観る。

一九七三年(昭和四十八年) 五十四歳

「美術手帖」二月号に土方巽の言葉を引用した詩「聖あんま語彙篇」を発表。春、会田綱雄と鎌倉稲村ケ崎の田村隆一の新居を訪ねる。五月、『アリスの 絵本』に詩「『アリス』狩り」を発表。八月、歌集『魚藍』新装版八〇〇部、深夜叢書社より刊行。三浦雅士編集の「ユリイカ」九月号で吉岡実特集。十月、巣 鴨の真性寺で父母の三十三回忌法要を営む。筑摩書房の創立者古田晁急逝、青山斎場で葬儀。青木画廊で四谷シモン人形展〈未来と過去のイヴ〉を観る。鎌倉の 近代美術館で〈キリコ展〉。十一月、荻窪の光明寺(観音ホール)で中嶋夏の舞踏〈ひねもす神楽坂抄〉を観る。芝山幹郎、吉増剛造と会う。横浜高島屋で渇望 久しい三井寺(園城寺)の黄不動を拝観する。

一九七四年(昭和四十九年) 五十五歳

新春、高島屋で〈鐵斎展〉を観る。一月、神戸(舞子ヴィラ)での永田耕衣全句集『非佛』出版記念会で渡邊一考と初めて会う。四月、〈書下ろしによる 叢書・草子〉の一冊として詩『異霊祭』を書肆山田より刊行。七月、『異霊祭』特装版限定一〇一部刊行。秋、西落合の瀧口修造宅を訪ね『手造り諺詩集』を纏 めるよう依頼する。宝塚歌劇〈ベルサイユのばら〉初演を観る。十月、NHKラジオで〈吉岡実の世界〉が放送され金井美恵子が談話、天澤退二郎、大岡信、加 藤郁乎、土方巽が詩を朗読する。詩集『神秘的な時代の詩』限定七〇〇部、湯川書房より刊行。十一月、アスベスト館で白桃房舞踏公演〈サイレン鮭〉を観る。

一九七五年(昭和五十年) 五十六歳

二月、飯島耕一の高見順賞授賞式に出席。東京国立博物館で催された〈元代道釈画展〉で黙庵、〈四睡図〉と伝顔輝〈寒山拾得〉真蹟〈蝦蟆鉄拐図〉を観 て感銘をうける。山の上ホテルで中村苑子句集『水妖詞館』の出版記念会。高柳重信の長女蕗子、三橋敏雄、佐佐木幸綱らと会う。六月、詩集『神秘的な時代の 詩』特装版限定一五〇部、湯川書房より刊行。「新劇」七月号に詩「悪趣味な夏の旅」、「ユリイカ」九月号に詩「示影針」を発表する。十月、土方巽、ビ ショップ山田に誘われ山形県鶴岡市へ北方舞踏派結成記念公演〈塩首〉を観に行く。ビショップ山田、雪雄子を中心に麿赤児、芦川羊子、玉野黄市らが参加し、 まさに暗黒舞踏派が結集した画期的な舞台となる。松山俊太郎と羽黒山へ行く。初冬、鈴木忠志に招待されて銅羅魔館で初めて早稲田小劇場の公演〈夜と時計〉 を観る。この年アスベスト館で行われた白桃房舞踏公演をすべて観る。

一九七六年(昭和五十一年) 五十七歳

春、英訳詩抄『ライラック・ガーデン』(佐藤紘彰訳編)シカゴ・レヴュー・プレスより刊行。六月、『耕衣百句』吉岡実編七〇〇部、コーベブックスよ り刊行。特装版限定八〇部、南柯書局より刊行。八月、詩集『神秘的な時代の詩』普及版、書肆山田より刊行。九月、詩集『サフラン摘み』青土社より刊行。大 内田圭弥監督、土方巽の映画〈風の景色〉の試写を観る。十一月、麻布十番の永坂更科で種村季弘『壺中天奇聞』私家版の出版を祝う会。吉行淳之介、稲垣足穂 らと会う。十二月、詩集『サフラン摘み』第七回高見順賞受賞。アスベスト館封印記念公演〈鯨線上の奥方〉を観る。

一九七七年(昭和五十二年) 五十八歳

四月、天児牛大舞踏処女リサイタル〈アマガツ頌〉を観る。八月、池田満寿夫の芥川賞受賞パーティに出席。旧い俳句仲間三人と多磨霊園で田尻春夢の墓 参。十月五日、岳父和田芳恵死去。築地本願寺で葬儀。形見として樋口一葉の短冊と北大路魯山人の織部の灰皿を貰う。宮川淳死去。十一月、大野一雄舞踏公演 〈ラ・アルヘンチーナ頌〉(土方巽演出)を観る。十二月十四日、久我山病院で妻の兄昭急逝。この頃『ひたくれなゐ』の歌人斎藤史と初めて会う。『サフラン 摘み』の印税でポール・デービスの絵〈猫とリンゴ〉を入手。

一九七八年(昭和五十三年) 五十九歳

「ちくま」に連載「碧巌の禅僧達」を依頼し毎月、高橋新吉宅を訪問。六月、現代詩文庫の続篇として『新選吉岡実詩集』を思潮社より刊行。北園克衛死 去。生前面識はなかったが告別式に参列する。七月十二日、会社更生法適用を申請し筑摩書房は事実上倒産。西脇順三郎を訪ねて会社の情況報告、今後の生活の ことなど訊ねられる。在職二十七年半、十一月十五日依願退社。南天子画廊の瀧口修造とジョアン・ミロの詩画集〈ミロの星と共に〉展示会へ行く。「エピス テーメー」宮川淳追悼号に詩「織物の三つの端布」を発表する。

一九七九年(昭和五十四年) 六十歳

一月、西脇順三郎宅へ年賀の挨拶に行く。新詩集出版のため再建された筑摩書房との交渉を進める。詩集『人類』の造本装丁を担当し以後たびたび会う。 二月、澁澤龍彦夫妻と世田谷の巖谷國士宅を訪問。四月、飯島耕一宅に招かれ還暦祝の会。奈美子夫人の手料理。大岡信夫妻、岡田隆彦夫妻と鍋を囲む。赤い シャツを贈られる。東京国立近代美術館で〈岸田劉生展〉を観る。六月、地下鉄千代田線明治神宮前駅のホーム壁面に詩「野」を発表。堀内博子エンゲルタンツ 公演〈リジィア〉を観る。七月一日、瀧口修造死去。瀧口家を弔問、柩にオリーブの枝を供える。西脇順三郎に捧げた詩「夏の宴」を新詩集の題名と決め装画を 依頼するため中目黒の仮寓を訪ねる。妻と北海道の国縫へ旅行。秋田、函館から和田家の親族も同行する。妻の母の墓参りをして結婚以来の約束を果す。汽車と 青函連絡船の穏やかな旅。盛夏、市川の宗左近宅に招かれる。粟津則雄、柴田道子、編集者数人。香夫人の手料理の遇し。愛蔵の骨董品を観る。十月、詩集『夏 の宴』青土社より刊行。瀧口家を訪れ遺骨に薔薇とチョコレート『夏の宴』を供え、綾子夫人からオリーブの実を戴く。十二月、瀧口修造に捧げる作品集『雷鳴 の頸飾り』に追悼詩「青と発音する」を発表。

一九八〇年(昭和五十五年) 六十一歳

一月、黒田三郎死去。銀座ばるはらでんの池田満寿夫と佐藤陽子の結婚披露宴に出席。春、神戸六甲荘での永田耕衣傘寿の会に招かれる。五月、宗左近夫 妻に誘われて妻と広島へ行き柴田道子の家に泊る。宍道湖、松江城、出雲大社へ行く。旅の帰途、広島の街で画家の李禹煥と会う。九日、虎の門病院の外科で痔 疾の診察を受ける。拾遺詩集『ポール・クレーの食卓』初版八五〇部、書肆山田より刊行。六月、再版八〇〇部刊行。草月会館で瀧口修造を偲ぶ会。七月、八木 忠栄の編集で随想集『「死児」という絵』思潮社より刊行。「現代詩手帖」十月号で増頁特集・吉岡実。十月、宗左近夫妻、柴田道子、妻と奈良国立博物館で正 倉院の宝物を観る。奈良在住の詩人日高てると会う。県立美術館、興福寺の国宝館、骨董屋巡り。京都に一泊し金沢へ行く。十一月、詩集『ポール・クレーの食 卓』特装版限定二八部書肆山田より刊行。

一九八一年(昭和五十六年) 六十二歳

一月、『定本西脇順三郎全集』筑摩書房より刊行され西脇家で西脇順三郎の米寿を祝う会。大野一雄舞踏公演〈わたしのお母さん〉(土方巽演出)を第一 生命ホールで観る。白石かずこ、森茉莉らと会う。東京国立博物館で鑑真和上像を拝観、道明新兵衛の店に寄り組紐を求める。三月、赤尾兜子急逝。伊勢丹美術 館で〈ピカソ秘蔵のピカソ展〉。東京国立博物館〈中山王国文物展〉を観て幻の国の出土品に感動する。五月、妻と名古屋・京都旅行。夏、ドイツ語の修士論文 「吉岡実」を書くことで手紙を貰っていたスイス人バーバラと渋谷道玄坂のトップで初めて会う。『静物』『僧侶』から選んだ約二〇篇の詩に就いて夫、山中忠 の通訳に依る五時間に及ぶ質問を受ける。美しい日本文の筆蹟がバーバラの自筆と聞いて驚く。十一月、草月美術館の〈西脇順三郎の絵画〉展へ行き西脇順一夫 妻に招かれて十数人で西脇家を訪問し、静養中の西脇順三郎と五分ほど会う(これが詩人との別れになった)。東京国立近代美術館で〈ムンク展〉を観る。

一九八二年(昭和五十七年) 六十三歳

一月、渡辺兼人写真展〈逆倒都市〉を日本橋のツァイト・フォト・サロンで観る。金井美恵子、金井久美子、平出隆らと会う。二月、スイスのバーバラ山 中からドイツ語論文「吉岡実」のコピー届く。四月、詩集『夏の宴』特装版限定一五部南柯書局より刊行。六月五日、早朝、小千谷総合病院で西脇順三郎逝去の 報に愕然とする。芝増上寺の葬儀に参列。「ユリイカ」七月号に追悼詩「哀歌」発表。「新潮」八月号に追悼文、七月、「現代詩手帖」西脇順三郎追悼座談会に 出席。鷲巣繁男急逝。初秋、麻布ハイツの仮寓でトマス・フイッツシモンズ夫妻を大岡信から紹介される。東京国立博物館でクリーブランド、W・R・ネルソン 二大美術館所蔵の〈中国の絵画〉展を観て圧倒される。十二月、アスベスト館封印を契機に音信が途絶えていた土方巽から、芝白金の八芳園へ招かれ芦川羊子、 白水社の和気元を交えて『病める舞姫』の造本装丁の相談をする。

一九八三年(昭和五十八年) 六十四歳

三月、入澤康夫の高見順賞授賞式に出席。宗左近夫妻と六泊七日の九州旅行。小倉、宮崎、阿蘇、湯布院、倉敷へ行く。四月、山の上ホテルの土方巽『病 める舞姫』出版記念会に出席。五月四日、寺山修司死去。白金の畠山記念館で徽宗皇帝の筆と伝えられる〈白猫〉。東京国立博物館でボストン美術館〈日本絵画 名品展〉岡倉天心遺愛の〈大威徳明王像〉を観る。来宮の土方巽、元藤Y子の山荘へ招かれる。池田満寿夫、澁澤龍彦、種村季弘、鶴岡善久、三好豊一郎(いず れも夫人同伴)、松山俊太郎、芦川羊子らと眺望随一といわれる絶景に、一日憩う。新宿京王プラザホテルで高柳重信の還暦を祝う会。新宿のバーで第一回現代 詩人賞受賞の飯島耕一を囲む祝宴。東京国立博物館で〈弘法大師と密教美術展〉。八大童子立像(金剛峯寺)の六躯に魅せられる。七月八日、高柳重信急逝。荻 窪の願泉寺で仮通夜、密葬。その夜、夏石番矢の句集『猟常記』の出版記念会に喪服のまま出席する。「饗宴」終刊号に鷲巣繁男の追悼詩「落雁」を発表。八 月、中桐雅夫死去。秋、東京国立博物館で〈韓国古代文化展〉を観る。十月、詩集『薬玉』書肆山田より刊行。十一月、道玄坂トップで「麒麟」同人と会う。

一九八四年(昭和五十九年) 六十五歳

一月、〈現代の詩人〉の一冊として『吉岡実』(鑑賞・高橋睦郎)中央公論社より刊行。安井浩司句集『乾坤』を読む。三月、三好豊一郎の高見順賞授賞 式に出席。山海塾舞踏公演〈縄文頌U〉を日本青年館で観る。五月九日、銀婚記念日。宇佐美圭司、爽子夫妻から花を贈られる。道玄坂のトップでアメリカの詩 人エリック・セランドと会い「薬玉」の英訳を提案される。六月、「洗濯船」六号(吉岡実特集)出来、トップで城戸朱理と会う。七月、土方巽、芦川羊子と神 戸に永田耕衣を訪ね土方巽を耕衣に紹介する。京都市美術館で土方巽、宇野邦一、木幡和枝、中村文昭らと〈バルチュス展〉を観る。八月、詩集『薬玉』著者別 装版一八部書肆山田より刊行。粟津則雄、杜子夫妻に招かれ吉増剛造の車で石神井の粟津宅に行く。相客は現代画廊の洲之内徹。中村苑子から折笠美秋句集『虎 嘯記』を贈られる。九月、第一生命ホールで田中泯の恋愛舞踏派〈定礎〉(土方巽構成)を観る。十一月、来日したメキシコの詩人オクタビオ・パス夫妻のお別 れ会に飯島耕一、大岡信らとアスベスト館へ招かれる。和服姿の土方巽、阿部良雄・與謝野文子夫妻、合田成男、通訳を兼ねた野谷文昭、外国の文化使節、画 家、美術批評家たちも同席。宴なかば芦川羊子の舞踏が披露された。詩集『薬玉』第二十二回藤村記念歴程賞受賞。十二月、明治大学詩人会の忘年会に入澤康夫 と招かれ洗濯船同人らと会う。松浦寿輝をアスベスト館へ伴い土方巽に紹介する。和気元の他、阿部岩夫、天澤退二郎、鈴木志郎康、三好豊一郎、八木忠栄ら詩 人ばかりの忘年会。

一九八五年(昭和六十年) 六十六歳

二月、舞踏フェスティバル〈舞踏懺悔録集成〉――七人の季節と城――開催され有楽町朝日ホールの前夜祭に行く。土方巽と郡司正勝の講演。期間中八つ の作品が公演されたが大野一雄・大野慶人、田中泯、白虎社を観る。三月、エリック・セランド英訳の詩「雞〔ニワトリ〕」と「哀歌」抄《PRISM international》に掲載される。神楽坂〈鳥茶屋〉で天澤退二郎の高見順賞内祝いの会。春、飯島耕一『他人の空』との二人集で英訳詩抄『闇の祝 祭』刊行。五月、アスベスト館開封記念公演〈親しみへの奥の手〉を観る。六月、本所中学校で明徳尋常小学校の同窓会。記念に求めた『明徳開校百拾周年記念 誌』の〈お世話になった人びと〉のアルバムの中に両親の写真を見つける。戦前の父母の姿に出会い深い感動を覚える。七月、土方巽、元藤Y子に招かれて京都 へ行く。三好豊一郎、元藤べら、芦川羊子と祇園祭見物。天龍寺、三千院、寂光院、蓮華寺、曼殊院、詩仙堂、智積院、三十三間堂などを拝観する。神奈川近代 美術館で〈生誕百年記念・萬鐵五郎展〉。十一月、鈴木一民と京都市美術館で〈富岡鐵斎展〉を観る。絵画、書跡、器玩など五百余点という壮観さに圧倒され る。大冊三七〇頁の図録を買う。奈良へ行き西田画廊主、西田考作に紹介され、離れ座敷に一泊。十二月、経堂の高橋睦郎宅へ招かれる。澁澤龍彦夫妻、四谷シ モンと手料理や鴨鍋の会食。十三日、高座渋谷の南大和病院に兄を見舞う。十四日、元藤Y子と広尾で会い土方巽の病気を知らされる。病状は本人に伝えていな いとのこと。十五日、アスベスト館に土方巽を見舞うが元気な様子で、弟子に舞踏の振りを付けていた。二十四日、兄危篤の報せで妻と入院先に行くが持ち直し 安堵する。

一九八六年(昭和六十一年) 六十七歳

一月、青木画廊の〈ヘルマン・セリエント展〉と上野の画廊スペース・ニキ〈片山健展〉のオープニングへ行く。十八日、東京女子医大付属病院に土方巽 を見舞い、南大和病院へ兄を見舞いに行く。国立劇場で比叡山開創千二百年記念の天台声明〈六道講式〉を拝聴する。二十一日、容態悪化の報せで入院先に駆け つけ澁澤龍彦、種村季弘、飯島耕一、唐十郎らと土方巽に対面する。午後十時三十四分、土方巽死去。二十二日、アスベスト館で通夜。初めての弔辞を書き夜が 明ける。二十三日、告別式。三月、岡田隆彦の高見順賞受賞を祝う会に出席。来宮の山荘で土方巽の四十九日法要。近くの梅園で満開の梅を見る。四月、詩集 『薬玉』特装版限定四〇部書肆山田より刊行。五月、妻と萩・津和野へ雑誌のための取材旅行。カメラマンと編集者も同行。旧毛利藩御抱だった萩焼の坂高麗左 衛門窯を訪ね、当主坂達夫と会う。「新潮」六月号に土方巽の追悼詩「聖あんま断腸詩篇」を発表。八月、逗子の高橋睦郎の新居へ招かれる。吉増剛造、マリリ ア夫妻、逗子在住の新倉俊一らと手料理の遇しを受ける。十月十七日、鮎川信夫急逝。〈鮎川信夫と別れる会〉に出席する。慈恵医大病院に手術後の澁澤龍彦を 見舞う。十二月、有楽町〈炉端〉にエリック・セランド夫妻を招き「薬玉」の英訳を労う。

一九八七年(昭和六十二年) 六十八歳

一月、アスベスト館で土方巽の一周忌。装丁を担当した土方巽遺文集『美貌の青空』筑摩書房より刊行される。二月、国立劇場で中国川劇を観る。五月、 兵庫県民会館での〈米寿永田耕衣の日〉に出席。六月、百瀬勝登死去。五日、高橋新吉死去。告別式に参列。六日、森茉莉死去。八月五日、澁澤龍彦死去。通 夜、東慶寺の葬儀に参列。九月、〈臼井吉見を偲ぶ会〉に出席。『土方巽頌〈日記〉と〈引用〉に依る』筑摩書房より刊行。「現代詩手帖」九月号(追悼澁澤龍 彦)に詩「休息」を発表。《TEMBLOR》第四号にエリック・セランド英訳の「巡礼」「薬玉」「垂乳根」が掲載される。

一九八八年(昭和六十三年) 六十九歳

二月、玉川寺で妻の母の五十回忌法要。「新潮」一〇〇〇号に詩「晩鐘」を発表。「ユリイカ」臨時増刊六月号に澁澤龍彦鎮魂詩篇「銀鮫(キメラ・ファ ンタスマ)」を発表。八月、大野一雄舞踏公演〈蟲びらき――マルドロールの歌〉を観る。エリック・セランド、アメリカ帰国の送別会に出席。九月、『「死 児」という絵(増補版)』筑摩叢書の一巻として刊行。十一月、草野心平死去。〈草野心平を送る集い〉に参列。詩集『ムーンドロップ』書肆山田より刊行。十 二月、入澤康夫の藤村記念歴程賞受賞式に出席。二十三日、招かれて目白の〈以り江〉に行く。金井美恵子、金井久美子、鈴木一民、大泉史世と入澤康夫の受賞 の祝宴。金井美恵子の女流文学賞受賞も共に祝う。

一九八九年(昭和六十四年・平成元年) 七十歳

一月七日、昭和天皇崩御。同夜、兄吉岡長夫死去。十六日、鍵谷幸信死去。青山持法寺の葬儀に参列。四月一日から新潟市美術館で〈永遠の旅人 西脇順 三郎 詩・絵画・その周辺〉展。オープニングに出席のため飯島耕一、那珂太郎、新倉俊一らと新潟へ行く。鈴木一民と念願の佐渡へ旅行。十三日、篠田一士急 逝。千日谷公堂の葬儀に参列。西武美術館の〈中西夏之展〉に行き、澁澤龍子、野中ユリ、井上孝雄、宇野邦一らと会う。六月、妻と軽井沢に友人の内田耕一夫 妻を訪ねる。七月、三橋敏雄句集『畳の上』〈蛇笏賞受賞を祝う会〉に出席。八月、浄智寺で澁澤龍彦の三回忌法要。相次ぐ知己、肉親の死に心が弱り体も衰え る。咽喉の痛みや耳鳴りの症状。十月、「鷹」二十五周年三〇〇号記念祝賀会に出席。澁澤龍子と高橋睦郎宅に招かれる。十一月、パルコギャラリーで片山健の 〈日月展〉。翌日、青木画廊の〈小沢純展〉のオープニングに行く。道玄坂のトップで林浩平、小池昌代、渡邊十絲子ら「ミニヨン」の同人と会う。伊藤比呂 美、佐々木幹郎、高橋睦郎と Bunkamura ザ・ミュージアムで〈シャガール展〉を観る。十二月、水道橋の宝生能楽堂〈橋の会〉公演に行く。十五日、東京共済病院耳鼻科で慢性中耳炎の診断。気長に治 療することになる。近くの歯科や鍼灸院へも通う。

一九九〇年(平成二年) 七十一歳

一月、国立劇場で正月公演の歌舞伎を観る。「文学界」一月号に詩「沙庭」を発表(最後の詩篇となる)。二月、会田綱雄死去。声帯麻痺のため声が嗄れ 嚥下力も落ち食欲が細る。二十八日、道玄坂百軒店の道頓堀劇場へ行く(長年親しんだストリップ・ショーの見納め)。三月、共済病院で内科の精密検査を受け 結果は正常。折笠美秋死去。四月十五日、自宅で誕生日を祝う。りぶるどるしおるの一冊として『うまやはし日記』書肆山田より刊行。鈴木一民、大泉史世、宇 野邦一が来宅。差入れの料理とワインで祝杯。近所に住む吉増剛造から復活祭のチョコレートの玉子と誕生日おめでとう≠フメッセージが届く。足腰弱り体重 三七・五キロの痛々しい七十一歳。一週間で体重二キロ増えるが不調。足の甲が亀のように浮腫む。二十二日、雨の中渋谷駅前で見舞いの飯島耕一夫人と妻が会 い入院を勧められる。二十三日、共済病院で検査の結果、翌日入院。腎不全のため週三回の人工透析を受ける。二四時間体制で中心静脈の栄養点滴。『うまやは し日記』弧木洞版限定一〇〇部、書肆山田より刊行。五月九日、結婚記念日。初めての輸血。大泉史世から贈られた銀のスプーンでゼリーひと口食べる。二十五 日、白血球六〇〇から二〇〇に減少し個室に移され面会謝絶。三十日、妻の夜の付き添いが許される。重態。三十一日、午後九時四分、急性腎不全のため永眠。 臨終には妻の他、居合わせた鈴木一民、妻の親友辻綾子、従妹太田朋子が立ち会った。六月一日、自宅で仮通夜。二日、巣鴨の医王山真性寺で本通夜。三日、葬 儀。町屋火葬場で茶毘に付された。

一九九一年(平成三年)

五月九日、真性寺に吉岡実之墓を建立し、一周忌に納骨。
戒名 永康院徳相実道居士。

吉岡陽子 編


吉岡実年譜〔作品篇〕(小林一郎 編)

最終更新日2015年5月31日

〈吉岡実年譜〉(平出隆 監修《現代詩読本――特装版 吉岡実》、思潮社、1991年4月15日)の第一稿
〈吉岡実年譜〉(平出隆 監修《現代詩読本――特装版 吉岡実》、思潮社、1991年4月15日)の第一稿


凡例

◇吉岡実年譜〔作品篇〕では既刊作品・未刊作品の双方にわたり、精密なることを期した。

◇吉岡実の著書名と編纂書名は初刊時に太文字で表示した。詳細は〈吉岡実書誌〉の該書の項目を参照されたい。

◇詩篇・散文とも初出作品のみ収録した。発表時期は掲載物の刊記に拠った。また、推薦文、談話・インタビュー・対談・鼎談・座談会(シンポジウム)なども記載した。
詩 篇の記述「四月 僧侶(C・8、9節八四行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕四月号〔二巻四号〕)100」は、「四月に〈僧侶〉(丸中数字は何番目の詩集か を、アラビア数字はその詩集で何番目の詩篇かを、節数・行数〔節表示の数字や行アキは勘定しなかった。「分」とあるのは追込表記の散文詩型であることを示 す〕は《吉岡実全詩集》での分量を示す)を書肆ユリイカ発行の《ユリイカ》当該号に発表(最後のアラビア数字は《吉岡実全詩集》の掲載頁)」を表わすが、 備考を含めなるべく詳細な記述を心掛けた。
改題に関して「《液体・静物・僧侶》▽詩集・ノオト」は、初出時の〈《液体・静物・僧侶》〉を単行本収録時に〈詩集・ノオト〉とする」を表わすが、微細な異同は省略した。
散文・日記はのちに単行本に収録された状況を、以下のように略記して各作品の末尾に記載した。
 U印:《うまやはし日記》に収録
 H印:《土方巽頌》に収録
 ○印:《「死児」という絵》に収録
 ◎印:《「死児」という絵〔増補版〕》に収録
 ●印:《「死児」という絵》と《「死児」という絵〔増補版〕》に収録
 無印:未刊行(未刊の散文・日記の題名に一部〔 〕で補記した)
なお、◆印は未確認情報であることを示す。


 1940年 1941年 1947年 1948年

 1955年 1956年 1957年 1958年 1959年

 1960年 1961年 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年 1967年 1968年 1969年

 1970年 1971年 1972年 1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 

 1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年

 1990年 1991年 1993年 1995年 1996年

 2002年 2003年 2006年

  2015年


一九四〇(昭和一五)年 二〇〜二一歳

一〇月一〇日 詩歌集《昏睡季節一〇〇部(草蝉舎)
  ――
一 〇月 序歌5、春(@・1、一〇行)8、夏(@・2、七行)9、秋(@・3、八行)9、冬(@・4、六行)10、遊子の歌(@・5、五行)11、朝の硝子 (@・6、六行)12、歳月(@・7、四行)12、あるひとへ(@・8、五行)13、七月(@・9、六行)14、白昼消息(@・10、六行)14、臙脂 (@・11、六行)15、面紗せる会話(@・12、一九行)16、放埒(@・13、六行)17、断章(@・14、二行)18、葛飾哀歌(@・15、六行) 18、桐の花(@・16、三行)19、杏菓子(@・17、五行)20、病室(@・18、六行)20、昏睡季節1(@・19、七行)21、昏睡季節2(@・ 20、九行)22、蜾蠃〔スガル〕鈔(以上詩歌集《昏睡季節》草蝉舎刊、一〇月一〇日)

一九四一(昭和一六)年 二一〜二二歳

一二月一〇日 詩集《液体一〇〇部(草蝉舎)
  ――
一 二月 挽歌(A・1、一四行)27、花冷えの夜に(A・2、六行)28、朝餐(A・3、一一行)28、溶ける花(A・4、一〇行)献辞「〈中村葉子に〉」 29、蒸発(A・5、九行)30、秋の前奏曲(A・6、九行)31、失題(A・7、九行)32、絵本(A・8、一二行)33、孤独(A・9、四行)34、 牧歌(A・10、一一行)34、相聞歌(A・11、一二行〔二行は〈反歌〉〕)35、誕生(A・12、四行)36、乾いた婚姻図(A・13、一三行) 37、微風(A・14、六行)38、静物(A・15、四行)38、忘れた吹笛の抒情(A・16、一一行)39、透明な花束(A・17、五行)40、微熱あ る夕に(A・18、九行)40、風景(A・19、一〇行)41、ひやしんす(A・20、一〇行)42、花遅き日の歌(A・21、一〇行)43、みどりの朝 に――朝の序曲(A・22、一三行)44、或る葬曲の断想――墓地にて(A・23、一二行)45、失はれた夜の一楽章(A・24、八行)46、灰色の手套 (A・25、一一行)47、液体T(A・26、一一行)48、液体U(A・27、一一行)49、午睡(A・28、一〇行)50、花の肖像(A・29、一〇 行)51、灯る曲線(A・30、一〇行)52、哀歌(A・31、八行)53、夢の翻訳――紛失した少年の日の唄(A・32、一二行)54(以上詩集《液 体》草蝉舎刊、一二月一〇日)

一九四七(昭和二二)年 二七〜二八歳

九月 海の章(未刊詩篇・1、一六行《漁[すなどり]》〔東洋堂〕一九四七年九月号〔二巻九号〕)――、敗北(未刊詩篇・2、六行《新思潮〔第一四次〕》〔玄文社〕一九四七年九月〔一巻二号〕)717、即興詩(未刊詩篇・3、七行〔同前〕)717

一九四八(昭和二三)年 二八〜二九歳

七月 汀にて(未刊詩篇・4、一二行《水産》〔東洋堂〕一九四八年七月号〔三巻七号〕)――〔署名は「皚寧吉」〕/八月 断章(未刊詩篇・5、九行《水産》〔東洋堂〕一九四八年八月号〔三巻八号〕)――

一九四九(昭和二四)年 二九〜三〇歳

二月 瑞泉寺探梅抄(俳句三句、《水産》〔東洋堂〕一九四九年二月号〔四巻二号〕)――〔署名は「春海鯨太」〕、早春(短歌二首、同前)――〔署名は「丘麥吉」〕

一九五五(昭和三〇)年 三五〜三六歳

八月二〇日 詩集《静物二〇〇部(私家版)
  ――
八 月 済州島(わたしたちのしんぶん◆)●、静物(B・1、二一行)57、静物(B・2、一三行)58、静物(B・3、一五行)59、静物(B・4、二一 行)60、或る世界(B・5、一〇行分)62、樹(B・6、一六行)63、卵(B・7、一二行)64、冬の歌(B・8、四〇行)初出献辞「〈tに〉」 65、夏の絵(B・9、二八行)68、風景(B・10、二八行)70、讃歌(B・11、三四行)72、挽歌(B・12、三七行)74、ジャングル(B・ 13、二一行)76、雪(B・14、三五行)78、寓話(B・15、一八行分)80、犬の肖像(B・16、7節四〇行)82、過去(B・17、三〇行) 85(以上詩集《静物》私家版、八月二〇日)

一九五六(昭和三一)年 三六〜三七歳

四月 告白(C・2、一六行分《新詩集》〔蜂の会〕四月〔三号〕)92/五月 喜劇(C・1、二一行分《詩学》〔詩学社〕五月号〔一一巻六号〕) 91/七月 陰謀(未刊詩篇・6、一九行分《現代詩》〔緑書房〕一九五六年七月号〔三巻六号〕)初出末尾「一九五六・五・二十一」718/一一月 島 (C・3、一三行分《新詩集》〔蜂の会〕一一月〔四号〕)93/一二月 仕事(C・4、二〇行《今日》〔書肆ユリイカ〕一二月〔六号〕)初出末尾「一九五 六・九・一五」94

一九五七(昭和三二)年 三七〜三八歳

三月 牧歌(C・7、二七行《今日》〔書肆ユリイカ〕三月〔七号〕)98/四月 僧侶(C・8、9節八四行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕四月号〔二 巻四号〕)100/五月 ポール・クレーの食卓(I・1、三七行《現代詩》〔緑書房〕五月号〔四巻四号〕)535、会田綱雄『鹹湖』出版記念会記(わたし たちのしんぶん◆)○/六月 単純(C・9、二二行分《今日》〔書肆ユリイカ〕六月〔八号〕)106/一〇月 固形(C・11、二四行分《現代詩》〔書肆 パトリア〕一〇月号〔四巻一〇号〕)109、夏(C・10、三二行《季節》〔二元社〕一〇月〔一一月号・七号〕)献辞「〈Y・Wに〉」107

一九五八(昭和三三)年 三八〜三九歳

一一月二〇日 詩集《僧侶四〇〇部(書肆ユリイカ)
  ――
四 月 「山羊の歌」署名本など(わたしたちのしんぶん32)/五月 回復(C・12、二〇行分《詩学》〔詩学社〕五月号〔一三巻六号〕)111/六月 苦力 (C・13、三九行《現代詩》〔書肆パトリア〕六月号〔五巻六号〕)112/七月 死児(C・19、[節一八九行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕七月号〔三 巻七号〕)127、喪服(C・15、二九行《今日》〔書肆ユリイカ〕七月〔九号〕)116、聖家族(C・14、二一行《季節》〔二元社〕七月号〔一一 号〕)115/九月 サーカス(I・2、四五行《實存主義》〔理想社〕九月〔一五号〕)537/一一月 伝説(C・5、一一行分)96、冬の絵(C・6、 二一行分)97、美しい旅(C・16、一九行分)118、人質(C・17、二八行)119、感傷(C・18、6節九九行)121(以上詩集《僧侶》書肆ユ リイカ刊、一九五八年一一月二〇日)/一二月 ライラック・ガーデン(I・3、四〇行《今日》〔書肆ユリイカ〕一二月〔一〇号〕)初出詞書「バレー〈ライ ラツク・ガーデン〉より」540

一九五九(昭和三四)年 三九〜四〇歳

五月九日 歌集《魚藍七〇部(私家版)
八月一〇日 吉岡實詩集(書肆ユリイカ・今日の詩人双書5)
  ――
一月 老人頌(D・1、四六行《季刊批評》〔現代社〕一月〔春季・二号〕)141/三月 無罪・有罪(E・2、*印で四節に分かつ四八行《現代詩》〔飯塚書店〕三月号〔六巻三号〕)初出「写真・大辻清司、構成・大森忠行」187/四月 《液体・静物・僧侶》▽詩集・ノオト(詩学)●/五月 あとがき(《魚藍》私家版)/六月 遅い恋(未刊詩篇・7、一二行分《現代詩手帖》〔世代社〕一九五九年六月号〔一号〕)719、詩人のノオト(同前)、今月読んだ本(同前)、果物の終り(D・2、五七行《同時代》〔黒の会〕六月〔九号〕)143、蜜月みちのく行(わたしたちのしんぶん◆)●/七月 唱歌(I・4、一七行《朝日新聞》〔朝日新聞東京本社〕七月二六日〔二六四〇四号〕)初出標題「牧歌」初出「え・南大路一」542/八月 救済を願う時――わが十代の歌集《魚藍》のことなど(短歌研究)●、下痢(D・3、二四行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕八月〔一号〕)147/九月 紡錘形T(D・4、一二行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕九月〔二号〕)初出標題「紡錘形1」148、夜会(I・5、一一行分《讀賣新聞〔夕刊〕》〔読売新聞社〕九月二八日〔二九七七六号〕)初出「え・加山又造」543/一〇月 編物する女(D・8、一九行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕一〇月〔三号〕)154、呪婚歌(D・9、七〇行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕一〇月号〔四巻一〇号〕)初出に題辞「われら今夜というこの時/この黄教の馬の放中せる陰茎を/中心にして/雨の地に拝跪した/〈ラマ僧の呪祷より〉」155、夜曲(未刊詩篇・8、一四行分《近代詩猟》一九五九年一〇月〔二七号〕)初出末尾「一九五八・八・四」〔「一九五八」は「一九五九」の誤り〕720/一一月 体の弱つた妻と心の弱つた僕と(現代詩手帖)、陰画(D・6、三五行《文學界》〔文藝春秋新社〕一一月号〔一三巻一一号〕)初出「カット・伊原通夫」150、裸婦(D・7、一九行分、同前)152、首長族の病気(D・11、二二行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕一一月〔四号〕)161/一二月 田舎(D・10、二五行《同時代》〔黒の会〕一二月〔一〇号〕)159

一九六〇(昭和三五)年 四〇〜四一歳

一月 斑猫(I・6、三〇行《詩学》〔詩学社〕一月号〔一五巻一号〕)544、作品ノート(《日 本詩集・1960》書肆ユリイカ)/二月 哀歌(未刊詩篇・9、三五行《鰐》〔書肆ユリイカ〕一九六〇年二月〔六号〕)721/三月 紡錘形U(D・5、 一三行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕三月〔七号〕)初出標題「紡錘形2」149、七日 冬の休暇(D・12、一四行分《日本読書新聞》〔日本出版協会〕三月七 日〔一〇四三号〕)162/五月 水のもりあがり(D・13、二二行分《鰐》〔書肆ユリイカ〕五月〔八号〕)163/六月 波よ永遠に止れ(《吉岡実詩 集》〔思潮社刊〕一九六七年一〇月一日〔単行詩集未収録のため未刊詩篇・10とする〕、11節二五七行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕一九六〇年六月号〔五 巻六号〕)初出詞書「ヘディン〈中央アジア探検記〉より」初出注記「(本稿より八十行を削除して一九六〇年五月一一日NHKより放送)」740/八月 風 俗(ユリイカ)/九月 小伝(《現代日本名詩集大成11》東京創元社)一二日 不逞純潔な詩人(週刊読書人)○/一一月 巫女――あるいは省察(D・14、三五行《文學界》〔文藝春秋新社〕一一月号〔一四巻一一号〕)165

一九六一(昭和三六)年 四一〜四二歳

一月 衣鉢(D・16、三九行《ユリイカ》〔書肆ユリイカ〕一月号〔六巻一号〕)169、受難(D・17、二〇行《近代文学》〔近代文学社〕一月号 〔一六巻一号〕)171/二月 鎮魂歌(D・15、二五行《風景》〔悠々会〕二月号〔二巻二号〕)167、四日 読者と本の結びつき――出版広告はどうあ るべきか〔祐乗坊宣明・小宮山量平との座談会〕(図書新聞)/五月 狩られる女――ミロの絵から(D・18、二六行《詩学》〔詩学社〕五月号〔一六巻六 号〕)173/七月 寄港(D・19、一九行分《秩序》〔文学グループ秩序〕七月〔九号〕)初出末尾「1961・4・14」174、作品ノート(《日 本詩集 1961-1》国文社)/一〇月 灯台にて(D・20、三三行《文學界》〔文藝春秋新社〕一〇月号〔一五巻一〇号〕)題辞「教授はいう〈異つた生き方の苦 しみ――〉」176、霧(I・7、一三行《讀賣新聞〔夕刊〕》〔読売新聞社〕一〇月五日〔三〇五一二号〕)546/一一月 女へ捧げた三つの詩(現代の 眼)●

一九六二(昭和三七)年 四二〜四三歳

九月九日 詩集《紡錘形四〇〇部(草蝉舎)
  ――
一 月 突堤にて(現代詩)●、大原の曼珠沙華(三田文学)●、富沢赤黄男句集『黙示』(俳句)●/三月 沼・秋の絵(D・21、二三行《文藝》〔河出書房新 社〕三月号〔一巻一号〕)178、修正と省略(D・22、二六行分、同前)179/六月 晩春(I・8、四行《いけ花龍生》〔龍生華道会〕六月号〔二六 号〕)初出「絵・堀内規次」初出時〈理解のいとぐち〉〔無署名、約一八〇字〕を付す547、塩と藻の岸べで(I・9、二二行《花椿》〔資生堂出版部〕六月 〔七月号・一三巻六号〕)初出「画・脇田和」548/九月 劇のためのト書の試み(E・1、三九行《鰐》〔鰐の会〕九月〔一〇号〕)185/一二月 作品 ノート(《日本詩集・1962》国文社)

一九六三(昭和三八)年 四三〜四四歳

一月 馬・春の絵(E・5、二〇行分《文藝》〔河出書房新社〕一月号〔二巻一号〕)194、新春対談〔天澤退二郎との対談〕(現代詩)/二月 珈琲 (E・3、一〇行《美術手帖》〔美術出版社〕二月号〔二一六号〕)初出「絵・加山又造」190、〔永田耕衣宛一月一六日付書簡〕(琴座)、第二回俳句評論 賞選考座談会〔金子兜太・神田秀夫・楠本憲吉・高柳重信・中村苑子との座談会〕(俳句評論)/七月 第13回日本現代詩人会H氏賞選考委員座談会〔安藤一 郎・中桐雅夫・吉野弘・小海永二・秋谷豊・安西均・村野四郎・草野心平との座談会〕(詩学)/八月 模写――或はクートの絵から(E・4、四七行《海程》 〔発行所の記載なし、発行者は出沢三太〕九号〔二巻九号〕)191、〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)

一九六四(昭和三九)年 四四〜四五歳

四月 滞在(E・7、二五行《現代詩手帖》〔思潮社〕四月号〔七巻四号〕)197/七月 聖母頌(E・6、二九行《郵政》〔郵政弘済会〕七月号〔一 六巻七号〕)195/九月 九月(I・10、二三行《北海道新聞〔夕刊〕》〔北海道新聞社〕九月七日〔七九三〇号〕)初出「え・田畔司朗」549

一九六五(昭和四〇)年 四五〜四六歳

一月 冬の森(未刊詩篇・11、一四行《朝日新聞〔夕刊〕》〔朝日新聞東京本社〕一九六五年一月五日〔二八三七七号〕)初出・絵「待つ・海老原喜之 助」724/三月 桃――或はヴィクトリー(E・8、二八行《現代詩手帖》〔思潮社〕三月号〔八巻三号〕)199/一一月 やさしい放火魔(E・9、七一 行《無限》〔政治公論社〕一一月〔秋季・一九号〕)201

一九六六(昭年四一)年 四六〜四七歳

一月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)/三月 春のオーロラ(E・10、四一行《風景》〔悠々会〕三月号〔七巻三号〕)205、家族(I・11、一〇行 《文藝春秋》〔文藝春秋〕三月号〔四四巻三号〕)551/四月 静かな家(E・16、五二行《現代詩手帖》〔思潮社〕四月号〔九巻四号〕)226/五月  スープはさめる(E・11、三七行《詩と批評》〔昭森社〕五月号〔一巻一号〕)207、花・変形(I・14、U節一八行《いけばな草月》〔草月出版部〕五 月〔五三号〕)554/一〇月 ヒラメ(E・13、五一行《凶区》一〇月〔一五号〕)215/一一月 孤独なオートバイ(E・14、一〇二行《三田文学》 〔三田文学会〕一一月号〔五三巻四号〕)218

一九六七(昭和四二)年 四七〜四八歳

一〇月一日 吉岡実詩集(思潮社)
  ――
一 月 内的な恋唄(E・12、九五行《詩と批評》〔昭森社〕一月号〔二巻一号〕)210/二月 恋する絵(E・15、四二行《現代詩手帖》〔思潮社〕二月号 〔一〇巻二号〕)224、春の絵(I・12、一三行《讀賣新聞》〔読売新聞社〕二月五日〔三二四五五号〕)552/三月 自作を語る(《現代詩大系3》思 潮社)/五月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)、私の生れた土地(詩と批評)●、わたしの大切なもの――軍隊のアルバム(わたしたちのしんぶん82)●/七月  青い柱はどこにあるか?(F・6、五一行、高井富子舞踏公演〈形而情学〉チラシ七月三日)初出に詞書「土方巽の秘儀によせて」なく初出末尾「一九六七・ 五・一五」のあとに「この作品は吉岡実氏が土方巽におくったものです」249/八月 夏から秋まで(F・2、六四行《文学者》〔文学者発行所〕八月号〔一 〇巻八号〕)初出詞書「池田満寿夫/銅版画展目録より」〔初刊に詞書なく三刊にあり〕237/九月 日記▽日記抄――一九六七(詩と批評)●、感想(俳句 評論)/一〇月 あとがき(《吉岡実詩集》思潮社)、立体(F・3、六一行《現代詩手帖》〔思潮社〕一〇月号〔一〇巻一〇号〕)240、模糊とした世界へ 〔入沢康夫との対談〕(同前)/一一月 わたしの作詩法?(《詩の本2・詩の技法》筑摩書房)●、二二日 マクロコスモス(F・1、七〇行《三田新聞》 〔三田新聞学会〕一一月二二日〔一一四六号〕)初出「イラスト・廣瀬俊恵」233/一二月 飯島耕一「見えるもの」・他(現代詩手帖)

一九六八(昭和四三)年 四八〜四九歳

七月二三日 詩集《静かな家二七〇部(思潮社)
九月一日 吉岡実詩集(思潮社・現代詩文庫14)
  ――
三 月 好きな場所(風景)●、審査の感想(俳句)――創刊十周年記念全国大会録音盤〔談話〕(俳句評論)/四月 白石かずこ詩集▽白石かずこの詩(現代詩手 帖)●、八日 軍隊時代とリルケ▽読書遍歴(週刊読書人)●/七月 フォークソング(F・7、四五行《同時代》〔黒の会〕七月〔二三号〕)初出標題 「フォーク・ソング」252、好きなもの数かず――私の好きなもの(わたしたちのしんぶん90)/八月 変宮の人・笠井叡(ANDROGYNY DANCE 1)●、色彩の内部(F・4、四二行《the high school life》〔MAC〕八月〔一五号〕)244、スイカ・視覚的な夏(I・13、一五行《讀賣新聞〔夕刊〕》〔読売新聞社〕八月一九日〔三三〇一五号〕)初 出「写真・橋本彰禧記者」553/九月 断片・日記抄(《吉岡実詩集》思潮社)/一〇月 神秘的な時代の詩(F・11、一〇三行《季刊藝術》〔季刊藝術出 版〕一〇月〔秋・七号〕)268、崑崙(F・8、一四七行《南北》〔南北社〕一〇月号〔三巻一〇号〕)255/一一月 雨(F・9、六六行《現代詩手帖》 〔思潮社〕一一月号〔一一巻一一号〕)263

一九六九(昭和四四)年 四九〜五〇歳

一月 少女(F・5、四二行《血と薔薇》〔天声出版〕一月〔二号〕)247/二月 〔河原枇杷男句集〕《烏宙論》愛語抄(琴座)、スワンベルグの歌 (未刊詩篇・12、三四行《婦人公論》〔中央公論社〕一九六九年二月号〔五四巻二号〕)初出「イラスト・前田常作」初出注記「※スワンベルグ〔以下な し〕」《ユリイカ》〔青土社〕一九七三年九月号〔五巻一〇号〕〈神秘的な時代の詩・抄〉に改稿再録、末尾「注記/詩集『神秘的な時代の詩』は、ここに掲載 された作品のほかに、すでに思潮社版『現代詩文庫14・吉岡実詩集』に収められている「マクロコスモス」「フォーク・ソング」「夏から秋まで」「立体」お よび、現代詩手帖に発表された「わが馬ニコルスの思い出」などを含み、湯川書房より刊行される予定である。」725/三月 三重奏(F・17、七一行《本 の手帖》〔昭森社〕二・三月号〔九巻二号〕)292、純粋と混沌――大和屋竺と新しい作家たち〔談〕(映画芸術)/四月 蜜はなぜ黄色なのか?(F・ 12、二九行《郵政》〔郵政弘済会〕四月号〔二一巻四号〕)274/五月 村松嘉津著『プロヷ〔ワに濁点〕ンス隨筆』(文藝)●、序詩(未刊詩篇・13、 三行、寺田澄史作品集《がれうた航海記――The Verses of the St. Scarabeus》〔俳句評論社刊〕一九六九年 五月一五日)――/六月 序詩(未刊詩篇・14、二行、志摩聰句帖《白鳥幻想》〔俳句評論社刊〕一九六九年六月一日)――/八月 夏の家(F・13、三九 行《ユリイカ》〔青土社〕八月号〔一巻二号〕)276/一〇月 わが馬ニコルスの思い出(F・16、*印で五節に分かつ一六三行《現代詩手帖》〔思潮社〕 一〇月号〔一二巻一〇号〕)282/一一月 日記抄――耕衣展に関する七章(琴座)、聖少女(F・10、二二行《小説新潮》〔新潮社〕一一月号〔二三巻一 一号〕)267/一二月 鄙歌(I・15、二六行《文學界》〔文藝春秋〕一二月号〔二三巻一二号〕)初出標題「ヘアー」555、コレラ(F・18、九七行 《都市》〔都市出版社〕一二月〔一号〕)初出末尾「〈一九六九・一〇・五〉」296/この年〔奥付に月日の記載なくも、九月以降に刊行か〕 内密な意識の 個人的な秘儀(アレキサンドリア局留便《O氏の肖像――大野一雄を肖像した長野千秋展》アパッシュ館、限定100部)▽〔〈18「O氏の肖像」〉 に吸収〕H

一九七〇(昭和四五)年 五〇〜五一歳

二月一五日 吉岡実詩集〔普及版〕(思潮社)
  ――
三月 低音(F・14、二三行《風景》〔悠々会〕三月号〔一一巻三号〕)278/一一月 鑑賞・石田波郷の一句(俳句)

一九七一(昭和四六)年 五一〜五二歳

九月一〇日 詩集《液体》三〇〇部(湯川書房・叢書溶ける魚No.2)
九月一〇日 詩集《液体〔特装本〕》八部(湯川書房・叢書溶ける魚No.2)
  ――
三月 〔河原枇杷男句集〕《密》反鏡鈔(琴座)/四月 小鳥を飼って(ユリイカ)●/九月 永田耕衣との出会い――耕衣句抄(銀花)●、覚書(《液体》湯川書房)/一〇月 出会い(《加藤郁乎詩集》思潮社)●/一二月 「死児」という絵(ユリイカ)●

一九七二(昭和四七)年 五二〜五三歳

一月 〔河原枇杷男句集〕《閻浮提考》口碑(琴座)/四月 葉(G・4、一二五行《ユリイカ》〔青土社〕四月号〔四巻四号〕)初出注記「(連祷詩 《粘土説》の一部)」312、断片四章▽西脇順三郎アラベスク1(《西脇順三郎全集Z》筑摩書房)●/六月 ヒヤシンス或は水柱(G・3、四〇行《風景》 〔悠々会〕六月号〔一三巻六号〕)310、ルイス・キャロルを探す方法(G・11、〔わがアリスへの接近=四三行〕注記「*ルイス・キャロル〈鏡の国のア リス〉岡田忠軒訳より」〔少女伝説=*印で一四節に分かつTとUの六六行分〕一〇九行《別冊現代詩手帖 ルイス・キャロル――アリスの不思議な国あるいは ノンセンスの迷宮》〔思潮社〕六月〔一巻二号〕)初出「Photo by Lewis Carroll / Poem & Montage by Minoru Yoshioka」337/七月 悪趣味な冬の旅(G・6、八五行《中央公論》〔中央公論社〕七月号〔八七巻七号〕)322/八月 弟子(F・15、四三 行《無限》〔政治公論社〕八月〔二九号〕)280、一日 風信(東京中日新聞夕刊)/一〇月 私の好きな岡井隆の歌(《現代短歌大系7》三一書房)●、現 代俳句=その断面〔佐佐木幸綱・金子兜太・高柳重信・藤田湘子との座談会〕(鷹)、タコ(G・2、*印が三節を従える三四行《ユリイカ》〔青土社〕一〇月 臨時増刊号〔四巻一二号〕)307/一一月 《花樫》頌(コスモス)●

一九七三(昭和四八)年 五三〜五四歳

八月二八日 歌集《魚藍〔新装版〕》八〇〇部(深夜叢書 社)
  ――
一 月 マダム・レインの子供(G・5、四二行《ユリイカ》〔青土社〕一月〔五巻一号〕)319/二月 聖あんま語彙篇(G・8、4節八七行《美術手帖》〔美 術出版社〕二月号〔三六四号〕)題辞「〈馬を鋸で挽きたくなる〉土方巽」初出末尾「(正月・七草)」329/五月 『アリス』狩り(G・12、七六行《ア リスの絵本――アリスの不思議な世界》〔牧神社刊〕五月一日)345、田村隆一・断章(ユリイカ)●/六月 〈鯰佛〉と〈白桃女神像〉永田耕衣全句集《非 佛》冥草舎)、二日 飼鳥ダル(朝日新聞夕刊)●/七月 サフラン摘み(G・1、四二行《現代詩手帖》〔思潮社〕七月号〔一六巻七号〕)305、ピクニッ ク(G・7、三三行《芸術生活》〔芸術生活社〕七月号〔二六巻七号〕)327、少女・金井美恵子(《金井美恵子詩集》思潮社)●/八月 後書(《魚藍》深 夜叢書社)/九月 田園(G・14、12節一三四行《ユリイカ》〔青土社〕九月号〔五巻一〇号〕)353、卵形の世界から〔大岡信との対話〕(同前)/一 〇月 動物(G・20、二九行《季刊俳句》〔中央書院〕一〇月〔一号〕)381/一一月 わが家の記念写真(G・9、二三行《文學界》〔文藝春秋〕一一月 号〔二七巻一一号〕)334、フォーサイド家の猫(G・17、*印で五節に分かつ八五行《ユリイカ》〔青土社〕一一月〔五巻一三号〕)364

一九七四(昭和四九)年 五四〜五五歳

四月二五日 詩《異霊祭(書肆山田・書下ろしによる叢書 草子3)
七月一日 詩《異霊祭〔特装版〕》一〇一部(書肆山田・草子3)
一〇月二〇日 詩集《神秘的な時代の詩〔限定版〕七〇〇部(湯川書房)
〔年月日不明〕 詩集《神秘的な時代の詩〔著者私家本〕》八部
  ――
三 月 父の面影(風景)、生誕(G・10、一九行《讀賣新聞》〔読売新聞社〕三月二四日〔三五〇五一号〕初出「エッチング・出岡実」336/四月 草上の晩 餐(G・13、三四行《現代詩手帖》〔思潮社〕四月号〔一七巻四号〕)351、自転車の上の猫(G・15、一八行〈松井喜三男展〉パンフレット〔青木画 廊〕四月一三日)初出詞書「マツイ・キミオの絵によせて」361、異霊祭(G・19、8節一六一行《異霊祭》〔書肆山田刊〈書下ろしによる叢書 草子 3〉〕四月二五日)初出末尾「1974・2・14」371/五月 絵画(G・18、三〇行《風景》〔悠々会〕五月号〔一五巻五号〕)369/六月 昆虫の 絵――難波田龍起(〈難波田龍起自選展〉)●/七月 メデアム・夢見る家族(G・21、七五行《文芸展望》〔筑摩書房〕七月〔夏・六号〕)383、不滅の 形態(G・16、二〇行《別冊小説新潮》〔新潮社〕七月〔夏季・二六巻三号〕)363/一〇月 舵手の書(G・22、6節七六行《現代詩手帖》〔思潮社〕 一〇月臨時増刊号〔一七巻一一号〕)献辞「瀧口修造氏に」387、白夜(G・23、二八行《鷹》〔鷹俳句会〕一〇月号〔一一巻一〇号〕)392/一二月  ゾンネンシュターンの船(G・24、5節八九行《ユリイカ》〔青土社〕一二月臨時増刊号〔六巻一五号〕)初出注記「註 ゾンネンシュターンは「幻視者」と いわれる異端の老人画家。カッコの中の引用句は、同展覧会目録より借用した。」394

一九七五(昭和五〇)年 五五〜五六歳

六月一日 詩集《神秘的な時代の詩〔特装版〕》一五〇部(湯川書房)
  ――
一 月 サイレント・あるいは鮭(G・25、四一行《現代詩手帖》〔思潮社〕一月号〔一八巻一号〕)詞書「芦川羊子の演舞する〈サイレン鮭〉に寄せる」 400、〔無題〕(《会田綱雄詩集》思潮社)/二月 わが鳥ダル(群像)●、悪しき時を生きる現代の詩――座談形式による特集〈今日の歌・現代の詩〉〔加 藤郁乎・那珂太郎・飯島耕一・吉増剛造との座談会〕(短歌)、奇妙な日のこと(《三好豊一郎詩集1946〜1971》サンリオ)●/五月 思想なき時代の 詩人〔飯島耕一・岡田隆彦・佐々木幹郎との座談会〕(現代詩手帖)/七月 悪趣味な夏の旅(G・26、6節七二行《新劇》〔白水社〕七月号〔二二巻七 号〕)402/八月 忘れ得ぬ一俳人の一首(《短歌のすすめ》有斐閣)/九月 示影針(グノーモン)(G・27、5節七九行《ユリイカ》〔青土社〕九月号 〔七巻八号〕)詞書「澁澤龍彦のミクロコスモス」注記「*示影針=日時計のこと」407、カカシ(G・28、一五行《旅》〔日本交通公社〕九月号〔四九巻 一〇号〕)初出「カメラ・河原誠三 嵯峨野の案山子」412、新しい詩への目覚め――北園克衞『圓錐詩集』(現代詩手帖)●/一〇月 西脇順三郎アラベス ク(《西脇順三郎詩と詩論Y》筑摩書房)●/一一月 悪趣味な内面の秋の旅(G・31、7節一四五行《文藝》〔河出書房新社〕一一月号〔一四巻一一号〕) 初出末尾「1975・9・22」423、〔永田耕衣句集〕《冷位》愛吟句抄、〔永田耕衣宛書簡〕、〔永田耕衣宛書簡〕(以上琴座)/一二月 あまがつ頌 (G・30、X節九〇行《ユリイカ》〔青土社〕一二月臨時増刊号〔七巻一二号〕)詞書「北方舞踏派《塩首》の印象詩篇」417、詩的青春の光芒〔飯島耕一 との対話〕(同前)

一九七六(昭和五一)年 五六〜五七歳

〔春か〕 英訳詩抄《Lilac Garden(米国シカゴ・レヴュー・プレス社・フローティング・ワールド・モダン・ポエツ・シリーズ第三巻)
六月二一日 選句集《耕衣百句七〇〇部(コーベブックス)を編纂
六月二一日 選句集《耕衣百句〔特装版〕》八〇部(南柯書局)を編纂
八月一五日 詩集《神秘的な時代の詩〔普及版〕》(書肆山田)
九月三〇日 詩集《サフラン摘み(青土社)
一〇月二五日 中村苑子句集《花狩五八〇部(コーベブックス)を共編
  ――
二 月 人工花園(I・19、*印で四節に分かつ四〇行分、第一回三人展記念《ALICE IN FLOWER-LAND――花の国のアリス》〔未生流中山文甫会刊〕二月四日)560/〔春か〕 〔佐藤紘彰宛書簡手蹟〕(《Lilac Garden》Chicago Review Press)/四月 高遠の桜のころ(鷹)●/五月 少年(G・29、6節五二行《饗宴》〔書肆林檎屋〕五月〔春・一号〕)413/六月 懐しの映画―― 幻の二人の女優(ユリイカ)●、覚書(《耕衣百句》コーベブックス)/七月 四日、一一日、一八日、二五日 回想の俳句(朝日新聞)●/八月 楽園(H・ 1、三一行《現代詩手帖》〔思潮社〕八月号〔一九巻九号〕)435、覚書(《神秘的な時代の詩》書肆山田)/一〇月 子供の儀礼(H・4、五六行《文藝》 〔河出書房新社〕一〇月号〔一五巻一〇号〕)441/一一月 曙(H・8、六六行《ユリイカ》〔青土社〕一一月臨時増刊号〔八巻一三号〕)初出注記「注  引用句は主に、エズラ・パウンド、飯島耕一の章句を借用した」455/一二月 部屋(H・2、三四行《新潮》〔新潮社〕一二月号〔七三巻一二号〕) 437、幻場(H・13、三八行《月下の一群》〔海潮社〕一二月〔冬・二号〕)474、大岡信断想▽大岡信・四つの断章1・2(ユリイカ)●、影の鏡 (I・17、一一行、山本美智代オフセット版画集《銀鏡》〔アトリエ山本刊〕一二月五日)558、赤黄男句私抄(《富澤赤黄男全句集》書肆林檎屋)

一九七七(昭和五二)年 五七〜五八歳

一月一五日 詩集《サフラン摘み〔私刊本〕》五部(書肆蕃紅花舎)
九月五日(〜一九七八年三月五日) 現代俳句全集・全六巻(立風書房)を共編
  ――
一 月 悪趣味な春の旅(H・19、四三行《日本読書新聞》〔日本出版協会〕一月一七日〔一八八九号〕)初出「カット・金井久美子」501/二月 挨拶(現代 詩手帖)、八日 受賞式の夜(東京新聞)●/三月 〔飯島晴子句集〕『朱田』愛着句抄(鷹)/五月 螺旋形(H・10、六三行《海》〔中央公論社〕五月号 〔九巻五号〕)注記「*ベケット(高橋康也訳)、土方巽などの章句を引用した」465、「想像力は死んだ 想像せよ」(現代詩手帖)●、異邦(H・5、三 一行〈ヘルマン・セリエント展〉パンフレット〔青木画廊〕五月三一日)初出詞書「セリエントの絵によせて」445/六月 阿修羅像(草月112)●、ひる めし(あさめし ひるめし ばんめし11)○/八月 使者(H・18、6節六七行《新劇》〔白水社〕八月号〔二四巻八号〕)詞書「笠井叡のための素描の 詩」初出に笠井の〈黄泉比良坂〉〔写真・金英沫〕と芦川羊子の〈ひとがた〉〔写真・山口晴久〕の舞台写真各一点496、紀行(I・16、一八行《旅》〔日 本交通公社〕八月号〔五一巻八号〕)初出「カメラ・三笘正勝 水納島(沖縄)」557、誓子断想(《山口誓子全集9》明治書院)●/一〇月 晩夏(H・ 7、二二行《流行通信》〔流行通信〕一〇月号〔一六四号〕)初出「写真・奈良原一高」453、あさくさの祭り(俳句とエッセイ)●/一一月 水鏡(H・ 6、5節八六行《文藝》〔河出書房新社〕一一月号〔一六巻一一号〕)題辞「〈肉体の孕む夢はじつに多様をきわめている〉金井美恵子」447、草の迷宮 (H・9、6節一〇〇行《池田満寿夫20年の全貌》〔美術出版社刊〕一一月三日)題辞「〈目は時と共に静止する〉池田満寿夫」459、高柳重信・散らし書 き(《現代俳句全集3》立風書房)●、三橋敏雄五十句〔撰〕(俳句研究)/一二月 月下美人――和田芳恵臨終記(群像)●、自註〔〈タコ〉〕(無限41)

一九七八(昭和五三)年 五八〜五九歳

六月一五日 新選吉岡実詩集(思潮社・新選現代詩文庫110)
  ――
一 月 狐(H・15、一七行《文學界》〔文藝春秋〕一月号〔三二巻一号〕)485、枇杷男の美学(《現代俳句全集5》立風書房)●/二月 夢のアステリスク (H・22、***節五八行、金子國義版画集《LE REVE D'ALICE――アリスの夢》〔三月二〇日、角川書店刊〕カタログ二月)詞書「金子國義の絵によせて」初出に注記「注 アステリスク=印刷用星形印*の こと」なし512/三月 大岡信・二つの断章▽大岡信・四つの断章3・4(《大岡信著作集14》青土社)●、吉岡実氏にテレビをめぐる15の質問〔インタ ビュー〕(現代詩手帖)/四月 形は不安の鋭角を持ち……(H・11、V節五二行《現代詩手帖》〔思潮社〕四月号〔二一巻四号〕)題辞「〈複眼の所有者は 憂愁と虚無に心を蝕ばまれる〉飯田善國」469/五月 雷雨の姿を見よ(H・14、8節一二六行《海》〔中央公論社〕五月号〔一〇巻五号〕)題辞「「ぼく はウニとかナマコとかヒトデといった/動物をとらえたいのだ/現実はそれら棘皮動物に似ている」/飯島耕一」477/七月 蝉(H・3、四〇行《ユリイ カ》〔青土社〕七月号〔一〇巻八号〕)439、和田芳恵追想(新潮)●/八月 父・あるいは夏(H・12、三五行《カイエ》〔冬樹社〕八月号〔一巻二 号〕)472、飯島耕一と出会う(四次元7)●、手と掌(《文字・イメージの冒険3》河出書房新社)●/九月 わが処女詩集『液体』(現代詩手帖)●/一 〇月 夏の宴(H・20、Y節一二〇行《文藝》〔河出書房新社〕一〇月号〔一七巻一〇号〕)献辞「西脇順三郎先生に」503、二四日 「夏の宴」▽西脇順 三郎アラベスク7(東京新聞)●/一一月 織物の三つの端布(H・16、*印が三節を従える七四行《エピステーメー》〔朝日出版社〕一一月号〔四巻一〇 号〕)題辞「「イマージュはたえず事物へ/しかしまた同時に/意味へ向おうとする」/宮川淳」486、断想(〈秋思賦〉〔J・8〕に変改吸収、八行 《CURIEUX――求龍》〔求龍堂〕一一月〔四号〕)594/一二月 本郷龍岡町界隈(旅)●

一九七九(昭和五四)年 五九〜六〇歳

一〇月三〇日 詩集《夏の宴(青土社)
  ――
一月 〔無題〕▽兜子の一句(渦)○、謎の絵(H・26、一七行《東京新聞〔夕刊〕》〔中日新聞東京本社〕一月五日〔一三一二四号〕)522/二月 感想(現代詩手帖)/三月 裸子植物(H・25、四〇行《肉体言語》〔「肉体言語」舎〕三月〔九号〕)詞書「大野一雄の舞踏〈ラ・アルヘンチーナ頌〉に寄せて」520/五月 金柑譚(H・17、5節八四行《海》〔中央公論社〕五月号〔一一巻五号〕)491、吉田一穂の詩(《定本吉田一穂全集1》小沢書店)○、逸楽的刺戟と恩恵と(《種村季弘のラビリントス》内容見本、青土社)、一八日 木下夕爾との別れ(朝日新聞夕刊)●/六月 野(H・21、一二行《街頭詩の試み》〔地下鉄千代田線明治神宮前駅ホーム壁面、パレフランス提供〕六月〜八月)詩のアンソロジー《地下鉄のオルフェ》〔一九八一年四月、オーデスク刊〕に再録511、《人類》出現▽西脇順三郎アラベスク8(西脇順三郎詩集《人類》筑摩書房)●/七月 詠歌(H・23、三七行《ユリイカ》〔青土社〕七月号〔一一巻九号〕)516/八月 日記風走り書き▽瀧口修造通夜(ユリイカ)●、この世の夏(H・24、二〇行《朝日新聞〔夕刊〕》〔朝日新聞東京本社〕八月二〇日〔三三六四一号〕)初出「木口木版・小林敬生」518/九月 生徒(I・18、五行〈片山健個展〉パンフレット〔かんらん舎〕九月一〇日)初出時標題なし。初出に絵・片山健「「美しい日々」より 1969」559、画家・片山健のこと(文學界)●/一〇月 孤独の歌――私の愛誦する四人の歌人(《短歌の本1・短歌の鑑賞》筑摩書房)/一一月 円筒の内側(H・28、6節八五行《ユリイカ》〔青土社〕一一月臨時増刊号〔一一巻一四号〕)題辞「「言語というものは固体/粒であると同じに波動である」大岡信」末尾「(一九七九・一〇・九)」527/一二月 「青と発音する」(H・27、五五行《雷鳴の頸飾り》〔「雷鳴の頸飾り」刊行会刊〕一二月一〇日)題辞「「青ずんだ鏡のなかに飛びこむのは今だ」瀧口修造」524

一九八〇(昭和五五)年 六〇〜六一歳

五月一日(〜一九八一年四月二〇日) 鑑賞現代俳句全集・全一二巻(立風書房)を共編
五月九日 拾遺詩集《ポール・クレーの食卓初版八五〇部(書肆山田)
六月九日 拾遺詩集《ポール・クレーの食卓》再版八〇〇部(書肆山田)
七月一日 随想集《「死児」という絵(思潮社)
一一月九日 拾遺詩集《ポール・クレーの食卓〔特装限定版〕》二八部(書肆山田)
  ――
一 月 なつのえん▽西脇順三郎アラベスク9(日本近代文学館53)●、一四日 二つの詩集のはざまで(東京新聞)◎、二五日 猿(I・20、二〇行《讀賣新 聞〔夕刊〕》〔読売新聞社〕一月二五日〔三七一七七号〕)562/二月 感想(現代詩手帖)/三月 ツグミ(I・21、二九行《蘭》〔蘭発行所〕三月号 〔一〇〇号〕)564、遙かなる歌――啄木断想(《石川啄木全集4》筑摩書房)●/四月 耕衣秀句抄(《俳句の本1・俳句の鑑賞》筑摩書房)●/五月  〔あとがき〕(《ポール・クレーの食卓》書肆山田)、現代俳句を語る〔飯田龍太・大岡信・高柳重信との連載座談会〕(《鑑賞現代俳句全集・全一二巻》立風 書房・月報、〜一九八一年四月)/七月 あとがき(《「死児」という絵》思潮社)、〔永田耕衣句集〕《肉体》十句抄(琴座)/九月 〔飯島晴子句集〕『春 の蔵』愛着十五句(鷹)、シンポジュウム永田耕衣の世界〔金子晋・高柳重信・三橋敏雄・高橋睦郎・永田耕衣・鈴木六林男・多田智満子・桂信子・鶴岡善久・ 津高和一・足立巻一・中村苑子・飯島晴子・加藤三七子・島津亮・鈴木漠・坂戸淳夫・小川双々子・赤尾兜子との座談会〕(俳句)/一〇月 うまやはし日記▽ 昭和十三年(一九三八)、昭和十四年(一九三九)(現代詩手帖)U◎、一回性の言葉――フィクションと現実の混淆へ〔金井美恵子との対談〕(同前)

一九八一(昭和五六)年 六一〜六二歳

一月 雞〔ニワトリ〕(J・1、四〇行《朝日新聞》〔朝日新聞東京本社〕一月三日〔三四一三一号〕)初出標題「にわとり」569/二月 感想(現代 詩手帖)/三月 『鹿鳴集』断想(《現代短歌全集6》筑摩書房)◎/五月 藤と菖蒲(現代詩手帖)◎/六月 兜子追悼(渦)/九月 竪の声(J・2、三五 行《現代詩手帖》〔思潮社〕九月号〔二四巻九号〕)注記「*世阿弥の伝書にある「横ノ声」(明るく外向的で太い強い声)。「竪ノ声」(内向的でやわらかく 細かに暗い感じの声)=観世寿夫の解説。」571/一〇月 絵のなかの女(未刊詩篇・15、一八行《別冊一枚の繪》〔一枚の繪〕第四号〈花鳥風月の世界 ――新作/洋画・日本画選〉)初出注記「本誌のための書き下ろし/● よしおか みのる(一九一九― )東京 詩人 H氏賞 高見順賞 戦後詩の芸術至上主義的な詩の不気味な魅力をたたえる。シュールレアリスムの絵画の美しさに近い面 白さのある一篇。」、初出に絵「弦田英太郎 青い首飾り 6号 油絵」――/一一月 巡礼(J・7、8節一一二行《ユリイカ》〔青土社〕一一月臨時増刊号 〔一三巻一四号〕)587、雪雄子のこと(〈舞ひ舞ひ日和〉鈴蘭党舞踏)

一九八二(昭和五七)年 六二〜六三歳

四月一五日 詩集《夏の宴〔特装版〕》一五部(南柯書局)
  ――
一 月 感想(高見順文学振興会会報)、夕爾の詩一篇(俳句とエッセイ)/三月 赤尾兜子秀吟抄(《赤尾兜子全句集》立風書房)◎、三橋敏雄愛吟抄(《三橋敏 雄全句集》立風書房)◎、壁掛(J・5、二四行〈大竹茂夫展〉パンフレット〔青木画廊〕三月二七日)583、青枝篇(J・4、〔T 地の霊〕〔U 水の夢〕〔V 火の狼〕〔W 風の華〕一一六行《日本経済新聞》〔日本経済新聞社〕三月七日・一四日・二一日・二八日〔三四六三八号・三四六四五号・三四六五二号・三四六五八号〕連 載)初出標題「地の霊(春の伝説1)」「水の夢(春の伝説2)」「火の狼(春の伝説3)」「空の華(春の伝説4)」576、二六日 沈復『浮生六記』(朝 日ジャーナル)◎/四月 薬玉(J・10、2節八〇行《海燕》〔福武書店〕四月号〔一巻四号〕)599、一九日 リルケ『ロダン』――わたしの一冊(東京 新聞夕刊)◎/五月 宗達「仔犬図」(一枚の絵)◎、〔永田耕衣句集〕《殺祖》愛好句抄、〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)、影絵(J・3、二四行、太陽シリー ズ30《夏の女》〔平凡社〕五月二五日)初出詞書「〈夏の女〉によせる」574/七月 哀歌(J・13、3節五八行《ユリイカ》〔青土社〕七月号〔一四巻 七号〕)詞書「追悼・西脇順三郎先生」初出は注記「*第二章は西脇順三郎『詩学』より抄出した。/なお他の個所でも、引用した「章句」がある。」のあとに 「(一九八二・六・一〇 通夜の日)」611、徽宗皇帝「猫図」(目の眼)◎、比類ない詩的存在〔大岡信・那珂太郎・入沢康夫・鍵谷幸信との西脇順三郎追 悼座談会〕(現代詩手帖)/八月 西脇順三郎アラベスク(追悼)(新潮)◎、天竺(J・9、三九行《毎日新聞〔夕刊〕》〔毎日新聞東京本社〕八月一六日 〔三八二〇〇号〕)初出「写真・佐々木正和」597/一〇月 垂乳根(J・12、七五行《海燕》〔福武書店〕一〇月号〔一巻一〇号〕)初出表紙に本文を一 四行近く掲載606/一一月 文字の上に文字でないものを℃u向する詩(松浦寿輝詩集《ウサギのダンス》七月堂)/一二月 郭公(J・6、三三行〈マッ クス・エルンスト、ケルンのダダ展〉パンフレット〔佐谷画廊〕一二月八日)初出は横組。初出標題「郭公あるいは青い森」初出詞書「マックス・エルンスト FIAT MODES PEREAT ARS展に寄せて」584、秋思賦(J・8、三九行《ユリイカ》〔青土社〕一二月臨時増刊号〔一四巻一三号〕)〈断想〉を変改吸収594、永島靖子句抄 (《眞晝》書肆季節社)/この年 湯島切通坂(《美しい日本22・文学の背景》世界文化社)◎

一九八三(昭和五八)年 六三〜六四歳

一〇月二〇日 詩集《薬玉(書肆山田)
  ――
一 月 春思賦(J・11、四一行《現代詩手帖》〔思潮社〕一月号〔二六巻一号〕)604、甘露(J・14、4節六八行《すばる》〔集英社〕一月号〔五巻一 号〕)注記「*引用句はおもにフレイザー《金枝篇》永橋卓介訳を借用した。」615/二月 東風(J・15、五一行《をがたま》〔をがたまの会〕二月 〔冬・三巻一号〕)619/三月 詩へ希望が持てた………(樹木1)/四月 〔無題〕(《安藤元雄詩集》思潮社)、断章三つと一篇の詩(《北園克衛全詩 集》沖積舎)/五月 蓬莱(J・18、4節七二行《歴史と社会》〔リブロポート〕五月〔二号〕)628、五月の句――耕衣の句から(琅玕〔カン〕)/六月  青海波(J・19、4節八四行《海》〔中央公論社〕六月号〔一五巻六号〕)633、落雁(J・17、4節六七行《饗宴》〔書肆林檎屋〕六月〔夏・一〇 号〕)題辞「(言葉よ 死の底より自らの蜜を分泌せよ)鷲巣繁男」624/七月 ベイゴマ私考――少年時代のひとつの想い出(鷹)◎、郁乎断章(俳句研 究)◎/九月 求肥(J・16、三〇行《花神》〔花神社〕九月〔秋・三巻三号〕)622/一〇月 〔そして、8月1日の……〕(麒麟4)/一二月 高柳重 信断想(俳句評論)◎

一九八四(昭和五九)年 六四〜六五歳

一月二〇日 選詩集《吉岡実(中央公論社・現代の詩人1)
八月五日 詩集《薬玉〔著者別装本〕》一八部
  ――
一 月 三つの想い出の詩、年譜(《吉岡実》中央公論社)/三月 「受賞前後」の想い出(樹木2)◎/五月 〔永田耕衣句集〕《物質》愛誦句抄、〔永田耕衣宛 書簡〕(琴座)/六月 白狐(未刊詩篇・16、四二行《現代詩手帖》〔思潮社〕一九八四年六月号〔二七巻六号〕)初出注記「*「現代詩手帖」二十五周年記 念号に是非とも作品を寄せよ、との小田久郎氏の要請をこばみがたく、十余年前の自動記述的な草稿に、若干の手を加え、『薬玉』の詩篇と同じ形態をととの え、ここに発表する。 五月九日」727、詩祭に寄せて(明治大学詩人会主催第一回詩祭)/九月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)、一七日 小曲(〈聖童子 譚〉〔K・4〕に変改吸収、二〇行《Mainichi Daily News》〔毎日新聞社〕九月一七日〔二二一二八号〕)初出時〈Shookyoku〉〔ローマ字表記〕と〈A Short Piece of Music〉〔Roger Pulversによる英訳〕を付す649/一〇月 少年 あるいは秋(〈聖童子譚〉〔K・4〕に変改吸収、一四行《別冊婦人公論》〔中央公論社〕一〇月 〔秋・五巻四号〕)648/一二月 聖童子譚(K・4、〔1 夏〕〔2 秋〕〔3 冬〕〔4 春〕八三行《ユリイカ》〔青土社〕一二月臨時増刊号〔一六巻一四号〕)初出注記「*(1)は別冊「婦人公論」、(2)は「英文毎日ニュース」に発表したも のである。」すなわち〈少年 あるいは秋〉と〈小曲〉を変改吸収648

一九八五(昭和六〇)年 六五〜六六歳

二月一〇日 現代俳句案内(立風書房)を共編
〔三月か〕 英訳詩抄《Celebration In Darkness(米国オークランド大学・アジアの訳詩・日本第六巻〔飯島耕一《Strangers' Sky》との合著〕)
七月八日(〜八月八日) 高柳重信全集・全三巻(立風書房)を共編
  ――
一 月 耕衣粗描(《現代俳句の世界13・永田耕衣集》朝日新聞社)◎、わだつみ(K・3、三二行《毎日新聞〔夕刊〕》〔毎日新聞東京本社〕一月五日〔三九〇 五四号〕)初出「写真・佐々木正和」646、言語と始源〔オクタビオ・パス・大岡信・渋沢孝輔・吉増剛造との座談会〕(現代詩手帖)/三月 〔永田耕衣宛 書簡〕(琴座)/四月 ムーンドロップ(K・10、5節八〇行《潭》〔書肆山田〕四月〔二号〕)注記「*題名と若干の章句をナボコフ『青白い炎』(富士川 義之訳)から借用。」668/六月 消えた部屋(季刊 手紙4)◎、薄荷(K・6、4節五〇行《四谷シモン 人形愛》〔美術出版社刊〕六月一〇日)題辞「(人形は爆発する)――四谷シモン」655、バルチュス の絵を観にゆく、夏――(日記)84年より▽83 バルチュスの絵を観にゆく、夏――〈日記〉1984年より(麒麟7)H、「謎」めいた一句――『一個』の一句(俳句)/七月 カタバミの花のように(K・ 2、二九行《朝日新聞〔夕刊〕》〔朝日新聞東京本社〕七月二六日〔三五七六〇号〕)初出・絵「加納光於」644、戦後日本の一大天才〔談話〕(ダブル・ ノーテーション土方巽リーディング)/八月 月の雁(《高柳重信全集3》立風書房)◎/九月 学舎喪失(文學界)◎、白秋をめぐる断章(《白秋全集17》 岩波書店)◎、秋の領分(K・5、三二行〈小沢純展〉パンフレット〔青木画廊〕九月一七日)653、ロマン・ポルノ映画雑感(季刊リュミエール1)◎/一 〇月 二人の歌人――塚本邦雄と岡井隆(短歌春秋)◎、七日、一四日、二一日、二八日 重信と弟子(読売新聞夕刊)◎/一一月 くすだま(新潮)◎、わた しにとってのポルノグラフィー〔アンケート〕(洗濯船7)/一二月 〔無題〕(《江森國友詩集》思潮社)、『個室』の俳人への期待(宗田安正句集《個室》 深夜叢書社)

一九八六(昭和六一)年 六六〜六七歳

四月一五日 詩集《薬玉〔特装限定版〕》四〇部(書肆山田)
  ――
一 月 雪解(K・7、二〇行《文學界》〔文藝春秋〕一月号〔四〇巻一号〕)659、寿星(カノプス)(K・8、5節七八行《海燕》〔福武書店〕一月号〔五巻 一号〕)660、幼児期を憶う一句(俳句)◎/二月 風神のごとく――弔辞▽107 風神のごとく――弔辞(現代詩手帖)H/三月 祇園祭見物▽98 祇園祭見物(ユリイカ)H、ポルノ小説雑感(季刊リュミエール3)◎/五月 亜麻(未刊詩篇・17、一〇行《文藝春秋》〔文藝春秋〕一九八六年五月号〔六 四巻五号〕)730/六月 聖あんま断腸詩篇(K・12、〔T 物質の悲鳴〕〔U メソッド〕〔V テキスト〕注記「暗黒舞踏のフェスティバル「舞踏懺悔録集成」における、講演のためのテキストをつくる時、私は『日本霊異記』を参考にした。それを拾い読 みしていて、この章句を見つけた。古代から「母子相姦」の悲劇があり、それはこれからも、永遠に続くことだろう。――(H)」〔W 故園追憶〕〔X (衰弱体の採集)〕〔Y 挽歌〕に〈反歌〉あり〔Z 像と石文〕〔[ 慈悲心鳥〕一九六行《新潮》〔新潮社〕六月号〔八三巻六号〕題辞「〈神の光を臨終している〉――土方巽」注記「*この作品は、おもに土方巽の言葉の引用で 構成されている。また彼の友人たちの言葉も若干、補助的に使わせて貰っている。なお冒頭のエピグラムは、彼の辞世である。」675、官能的な造形作家たち (季刊リュミエール4)◎/七月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)、家に幸を呼ぶ、つがいの木雁▽奠雁(ミセス)◎/八月 叙景(K・11、三六行《現代詩手 帖》〔思潮社〕八月号〔二九巻八号〕)673/九月 「官能的詩篇」雑感(季刊リュミエール5)◎/一一月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)/一二月 〔無 題〕▽菊地信義のこと(《装幀=菊地信義》フィルムアート社)◎、銀幕(K・9、三九行、梅木英治銅版画集《日々の惑星》〔ギャラリープチフォルム刊〕一 二月三日)665、産霊(むすび)(K・1、六二行《ユリイカ》〔青土社〕一二月臨時増刊号〔一八巻一四号〕)641

一九八七(昭和六二)年 六七〜六八歳

一月二一日 土方巽遺文集《美貌の青空(筑摩書房)を共編
九月三〇日 評伝《土方巽頌――〈日記〉と〈引用〉に依る(筑摩書房)
  ――
一 月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)/二月 来宮の山荘の一夜▽76 来宮の山荘の一夜(ちくま)H/三月 耕衣三十句(洗濯船・別冊2)/六月 六日 〔高橋新吉死去に関する談話〕(毎日新聞)/七月 ダガバジジンギヂさ ん、さようなら(ユリイカ)、耕衣《葱室》十一句、〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)/八月 苧環(おだまき)(K・14、三四行《季刊花神》〔花神社〕八月 〔一巻二号〕)692、中尾壽美子句集《老虎灘》十句抄(琴座)/九月 休息(未刊詩篇・18、三八行《現代詩手帖》〔思潮社〕一九八七年九月号〔三〇巻 九号〕)初出注記「*澁澤龍彦と土方巽の言葉を引用している」731、青い柱はどこにあるか?、出会い・「ゲスラー・テル群論」、「舞踏ジュネ」、「変宮 の人」、雛まつり、「鎌鼬」写真展、唐十郎一家と赤テント、卵のオブジェ、アスベスト館の妖精、虎の絵の下で、「まんだら屋敷」、「肉体の叛乱」、詩人の 絵画展、舞踏「麗子」、詩画集『あんま』、夜の訪問者、屈斜路湖畔からの絵葉書、「O氏の肖像」、少女相愛図のポスター、映画「恐怖奇形人間」、「花と 鳥」の夕べの後で、あやめの花、「燔犧大踏鑑」、黒塗りの下駄、百日鬘の女人、三島由紀夫の死、土方巽の幼少年期の〈詩的体験〉、アートヴィレッジにて、 「遊行夢華」、秋水のように、アンドロジーヌ、女弟子たち、駿河台下で、「長須鯨」、「四季のための二十七晩」――第二次暗黒舞踏派結束記念公演、涙、絵 はがき(昭和四十七年十二月十八日付)、「静かな家」、「陽物神譚」、「ひねもす神楽坂抄」、雪の夜の宴、本名、教育勅語的朗読、「サイレン鮭」、「白桃 房」開花、大森の一夜、「黄泉比良坂」、「塩首」、アスベスト館封印、「使者」、『犬の静脈に嫉妬することから』、映画「風の景色」、「ラ・アルヘンチー ナ頌」、白塗りの起源、「金柑少年」そのほか、港が見える丘公園で、初冬の風、銅羅魔館にて、瀧口修造死去、「病める舞姫」、「わたしのお母さん」、暗黒 舞踏派宣言前後〔秘儀、題材は文学作品から、「禁色」、共演の少年、DANCE EXPERIENCEの会、「エミリーの薔薇」、「胎内瞑想」、「ディヴィーヌ抄」、衣装は「ギプス」、〈晩餐会〉、舞踏「降霊館死学」、「音楽は食べる ものですよ」、箱の中は?、砂糖壺、火と氷、納豆めし、モーブ色の空、憎い男ぶり〕、瀧口修造の三回忌、「舞ひみぞれ」、シモン人形、奇想の書物?、 「庭」、八芳園にて、ライヴスペース・プランB、『病める舞姫』完成、『病める舞姫』出版記念会、「スペインに桜」、「石が二つ出会うとき蝶がうまれ る」、バー・おけい、六本木の朝明け、「縄文頌U」、「夏の淵」――祝宴の余波、モンロー人形のチョコレート、瀕死の雉子、たんぽぽと髪の句、現場・言 葉、「間腐れ」、「恋愛舞踏派定礎」、秋の宴・パス夫妻をかこんで、アスベスト館の忘年会、「舞踏懺悔録集成」開催、「死海」――ウィンナーワルツと幽 霊、「昼の月」、「ひばりと寝ジャカ」、再び「ラ・アルヘンチーナ頌」、神楽坂・鳥茶屋、「東北歌舞伎計画」――スタジオ200、「親しみへの奥の手」 ――アスベスト館開封記念公演、「油面のダリア」そのほか、秋の夜長、舞踏行脚――土方巽最後の講演、「富岡鉄斎展」を観にゆく、晩秋、十二月は残酷な 月、暗い新春、柩の前で、哀悼の一句、補足的で断章的な後書(以上《土方巽頌》筑摩書房刊、一九八七年九月三〇日)/一一月 睡蓮(K・13、3節六四行 《海燕》〔福武書店〕一一月号〔六巻一一号〕)注記「*宇野邦一その他の章句を引用している。」688、奇ッ怪な歪みの魅力〔松浦寿輝・朝吹亮二との鼎 談〕(ユリイカ)/一二月 鵲(K・18、三五行《毎日新聞〔夕刊〕》〔毎日新聞東京本社〕一二月二八日〔四〇一二〇号〕)初出標題「かささぎ」初出「写 真・佐々木正和」707

一九八八(昭和六三)年 六八〜六九歳

九月二五日 随想集《「死児」という絵〔増補版〕(筑摩書房・筑摩叢書328)
一一月二五日 詩集《ムーンドロップ(書肆山田)
  ――
一 月 青空(アジュール)(K・16、二〇行《文學界》〔文藝春秋〕一月号〔四二巻一号〕)初出標題「((青空))」699、一五日 近藤勇の墓の辺り(東 京新聞)◎/二月 遠い『記憶の絵』――森茉莉の想い出(鷹)◎/五月 晩鐘(K・15、4節七四行《新潮》〔新潮社〕五月号〔八五巻五号・一〇〇〇 号〕)694/六月 銀鮫(キメラ・ファンタスマ)(K・17、6節一一二行《ユリイカ》〔青土社〕六月臨時増刊号〔二〇巻七号〕)初出に詞書「澁澤龍彦 鎮魂詩篇」なし。注記「*澁澤龍彦とその知己たちの言葉を引用している。」700/九月 〔食母〕頌(K・19、4節七四行《中央公論文芸特集》〔中央公 論社〕九月〔秋季・五巻三号〕)初出末尾「(一九八八・八・八)」709、あとがき(《「死児」という絵〔増補版〕》筑摩書房)

一九八九(昭和六四/平成元)年 六九〜七〇歳

二月 耕衣句集『人生』十七句撰、〔永田耕衣宛書簡〕、〔永田耕衣宛書簡〕(以上琴座)/三月 心平断章――「H氏賞事件」ほか(《草野心平・るる る葬送》思潮社)、「善人」だったあなたへ(現代詩手帖)/四月 〔永田耕衣宛書簡〕(琴座)、永遠の昼寝(未刊詩篇・19、二五行《永遠の旅人 西脇順 三郎 詩・絵画・その周辺》〔新潟市美術館刊〕一九八九年四月一日)733、「ムーンドロップ」(白い国の詩)/六月 篠田一士追想(ユリイカ)/七月  来簡集(《岡崎清一郎全詩集〔第5巻〕》沖積舎)、姉妹――がらとべら(アスベスト館通信10)/一〇月 雲井(未刊詩篇・20、3節四七行《鷹》〔鷹俳 句会〕一九八九年一〇月号〔二六巻一〇号〕)初出注記「*瀧口修造そのほかの章句を引用している。」735

一九九〇(平成二)年 七〇〜七一歳

四月一五日 日記《うまやはし日記(書肆山田・りぶるどるしおる1)
四月一五日 日記《うまやはし日記〔弧木洞版〕》一〇〇部
  ――
一 月 沙庭(未刊詩篇・21、二〇行《文學界》〔文藝春秋〕一九九〇年一月号〔四四巻一号〕)738、日記一九四六年(るしおる)/四月 昭和十五年(一九 四〇)、あとがき(《うまやはし日記》書肆山田)/五月 〔無題〕(《平出隆詩集》思潮社)、日記一九四六年〔第二回〕(るしおる)

一九九一(平成三)年  歿後一年

四月一五日 現代詩読本――特装版 吉岡実(思潮社)
〔月日不明〕 英訳詩集《Kusudama(米国ファクト・インターナショナル社・リーチ・ブックス)

一九九三(平成五)年  歿後三年

五月九日 拾遺詩集《ポール・クレーの食卓〔私家版〕》一四部(南柯書局)
五月三一日 詩集《薬玉〔私家版〕》二二部(南柯書局)
  ――
一一月 吉岡実句集(雷帝 創刊終刊号)

一九九五(平成七)年  歿後五年

六月一〇日 続・吉岡実詩集(思潮社・現代詩文庫129)

一九九六(平成八)年  歿後六年

三月二五日 吉岡実全詩集(筑摩書房)
  ――
一一月 日歴(一九四八年・夏暦)(《私のうしろを犬が歩いていた》書肆山田)

二〇〇二(平成一四)年  歿後一二年

五月三一日 詩集《赤鴉七二部(弧木洞)

二〇〇三(平成一五)年  歿後一三年

四月一五日 句集《奴草(書肆山田)

二〇〇六(平成一八)年  歿後一六年

三月一日 散文選集《吉岡実散文抄――詩神が住まう場所(思潮社・詩の森文庫E06)

二〇一五(平成二七)年  歿後二五年

四月 〔選〕『雪予報』十二句(《雪予報/冬野虹作品集成第T巻》栞、書肆山田)


吉岡実年譜  了

>> 吉岡実年譜 先頭

>> 吉岡実年譜(吉岡陽子 編) 先頭

>> 吉岡実年譜〔作品篇〕(小林一郎 編) 先頭




リンクはトップページ《吉岡実の詩の世界》に設定してください。
ご意見・ご感想などのメールはikoba@jcom.home.ne.jpまで。
Copyright © 2002-2017 Kobayashi Ichiro. All Rights Reserved.
本ウェブサイトの全部あるいは一部を利用(コピーなど)する場合は、
著作権法上の例外を除いて、著作権者および小林一郎の許諾が必要です。

[Brought to you by LaCoocan]